花火も昨夜無事に終え、今日また暑い。
マンションの中庭にみみずが干乾びて死んでいる。
幾日も日にさらさるるみみずなり乾び干乾び一寸ほどに
この暑さ夜間這ひ廻るみみずかな朝には干乾び死にゆくものを
みみずに幸せなどいふものあるか日に照らされて死にゆくものに
『孟子』梁恵王章句上5-3 彼は其の民の時を奪ひ、して以て其の父母を養ふことを得ざらしむ。父母し、兄弟妻子離散す。彼は其の民をす。王往きて之を征せば、夫れ誰か王と敵せん。故に曰く、「仁者は敵無し」と。王請ふ疑ふこと勿れ」と。
「仁者は敵無し」梁の恵王よ孟子を疑ふことぞなからん
前川佐美雄『秀歌十二月』九月 源実朝
萩の花くれぐれ迄もありつるが月出でて見るになきがはかなさ (同)
日の暮れるまで萩の花は美しかったが、月の光ではそれが見えなくなったというだけの歌である。何でもない歌のようだが、物をよく見ている。この時代としては新しい見方である。現代人に通じる詩情である。この歌を見て、なるほどそうだったと気づく人も多いのいいではないか。しかしこの歌ではそれをはかないと観じている。そこにその時代の無常感が出ているので、実朝といえども時代の子であるといわれたりする。(略)これは表にあらわれただけを美しとし、はかなしとしてその詩情に溶け込めばよい。この歌を好きだといったのは小林秀雄であった。(略)畢竟は実朝調といってよいのである。(略)