朝から晴れてる。されど、いささか寒い。
泉鏡花記念館
摩耶夫人の像も見たりき。泉鏡花の「おばけずき」はもとよりにして
さばのぬか漬け、螢烏賊のぬた、治部煮などが金沢のものまあ食うてみるか
加賀鳶に榮樂などを三合ほど飲み口、酔ひ様、翌朝もよし
『孟子』万章章句下136 孟子曰く、「仕ふるは貧の為に非ざるなり。而れども時有りてか貧の為にす。妻を娶るは養ひの為に非ざるなり。而れども時有りてか養ひの為にす。貧の為にする者は、尊を辞して卑に居り、富を辞して貧に居る。尊を辞して卑に居り、富を辞して貧に居るには、悪にか宜しき。抱関撃柝なり。孔子嘗て委吏と為る。曰く、『会計当るのみ』と。嘗て乗田と為る。曰く、『牛羊茁として壮長するのみ』と。位卑しくして言高きは、罪なり。人の本朝に立ちて、道行はれざるは、恥なり」
正しくは孔子に倣うべし。本朝に立ちて道行はれざるは恥ずべきなり
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
聟の冠者の君 何色の何摺か好うだう 着まほしき 麹塵山吹止摺に花村濃御綱柏や 輪鼓輪違笹結 纐纈まへたりのほやの鹿の子結 (四句神歌・雑・三五八)
【現代語訳】聟の冠者の君は、何色の何摺をお好みか。着たいと思われるか。麹塵、山吹の色、止摺に花村濃の染め。御綱柏、輪鼓、輪違、笹結の文様。纐纈染めにまへたりのほやの鹿の子絞り。
【評】聟の着物の色や染めや文様についてあれこれ思いをめぐらした歌。妻の家における聟の装束選びの様子か。あるいは女(または女の親)と聟との対話ともとれる。
「麹塵」は渋い黄緑色。しばしば天皇だけが着用でいる禁色と説明されるが、『平家物語』には「麹塵の直垂」の例が見られ、『梁塵秘抄』の時代には禁色という意識はなかったものと考えられる。「山吹」は山吹の花の色のような鮮やかな黄色。『梁塵秘抄』には、
武者の好むもの 紺よ紅山吹濃き蘇芳…… (四三六)
と見え、武士の好む色として、紺、紅に並んで山吹色があげられている。
「止摺」は形木にのりをつけてその上に布を止め、染色する方法。
「花村濃」は、花色(濃い藍色)でところどころ濃淡をつけた染め方。
「御綱柏」は三裂した葉の形が角に似るところから三角柏ともともいう。「輪鼓」は真ん中がくびれた鼓の胴のような形の紋、「輪違」は二つの輪を交差させた形の紋。「笹結」は笹の葉を紐で結んだような形の紋か。笹の紋には、葉を三枚、五枚と重ねた「三枚笹」「五枚笹」、雪を戴いた「雪持笹」など多くの種類があるが、「笹結」は管見に入らず、推測の域を出ない。
「纐纈」は模様を彫った薄板二枚にはさんで染める絞り染めの一種。「鹿の子結」は鹿の子の毛のように白い斑点をの模様を出す絞り染めの一種。「まへたりのほや」は「前垂の寄生」と漢字をあてる注釈書が多いが、意味はよくわからない。「前垂」は平安時代末に成立した辞書『伊呂波字類抄』に「韎●」の表記で出ている。「マへタリ」の読みと膝を覆うものとの注とが付されるが、色や染め、文様などを問題にしている当該今様の中で、衣服の種類が出てくるのはやや不審である。寄生は他の樹木に寄生する植物(ヤドリギ)をいうが、紋所としても用いられた。『平家物語』巻一一「那須与一」の章段に「丸寄生摺ったる鞍」と見え、寄生を丸く図案化した文様を蔵の側面に青貝などで象眼したものだとされる。また、源俊頼(一〇五五?~一一二九?)の歌集『散木奇歌集』には「狩衣寄生の藍摺」と見え、藍を用いて狩衣(もと、公家が鷹狩の折などに用いた活動的な衣服。のち、公家、武家の常用服となった)に寄生の摺り文様を染め出したらしいことが窺われる。「纐纈」「鹿の子結」と並べられているところから、「まへたりのほや」は、絞り染めに関わるものと見たいところではある。
一首全体は、おおよそ、色の種類、摺り染めの種類、文様の種類、絞り染めの種類、の順に構成されていると考えられよう。
時代は下るが、室町時代末期の流行歌謡である小歌にも、聟に着せる着物をテーマにしたものがある。
聟に着せうとて 目づくしの小袖に 京上下を 京上下を(『宗安小歌集』)
(聟に着せようと用意したのよ。目づくし〈白い斑点模様を多くちりばめた染めか〉
小歌よりも長い詞章を持つ当該今様は、多くの色や染めや文様を並べていくことによって華やかな衣装の豪勢さが鮮やかに示し、それを用意する人々の浮き立つような気分をも巧みに伝えている。