快晴。
年をとれば我慢の限度が緩くなる日々のニュースに声出して怒る
夜の内の譫言ふえて怒りたり。妻に揺すられ情けなきなり
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正月はもの申すべし。ぐずぐずと攻撃止めぬはをかしくないか
『孟子』離婁章句上62 孟子曰く、「離婁の明、公輸子の巧も、規矩を以てせざれば、方員を成すこと能はず。師曠の聡も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能はず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能はず。今、仁心仁聞有りて、而も民其の沢を被らず、後世に法る可からざる者は、先王の道を行はざればなり。故に曰く、『徒善は以て政を為すに足らず。徒法は以て自ら行はるること能はず』と。詩に云ふ、『愆らず忘れず、旧章に率ひ由る』と。先王の法に遵ひて過つ者は、未だ之れ有らざるなり。
先王の道を知らねば平治せず誤まらず忘れず旧章にしたがへ
川本千栄『土屋文明の百首』
蘭会場いでつつ思ふ富むころには性慾衰へてゆく人々など 『山谷集』
<蘭展覧会の会場を出ながら、裕福になる頃には性欲が衰えてゆく人々のことなどを思う。>
草木好きの文明にとって、蘭は特別に好きな花だった。蘭会場に入り蘭を見ていると、ある裕福そうな老人も蘭を見ている。その老人の顔には蘭に対する物欲が見えた。尊会場を出ながら、裕福になる頃には性欲が衰えてゆく人々のことを考える。年を取ったからか、富に満足して動物としての活力が減退したからか。「性慾」というあまり短歌に使われなかった言葉を、美しい花に対する物欲と対比させて歌っている。
吾が一生悔ゆといはなくに子供のため或は思ふ異れる道を 『六月風』
<私のこれまでの人生を後悔するとは言わないが、子供を育てるためには、或いは違う道があったのではないかと思う。>
若い頃は教育に打ち込んだが、その意を遂げられず、職を捨てた。時間講師で生計を立てつつ、文学者として生きてきた。戦争の時代に生きて耐え忍ぶ生を選びながら、文学への思いは守り抜いた。そこに後悔は無い。けれども四人の子供のことを考えると、もっと経済的に安定した職に就くべきでなかったかとも思う。文学か生活か、多くの文学者を襲う迷いだ。