2月27日(金)

曇りというが、晴れている。

  妻のピンクのセーターとわが濃紺のセーターがからみあふ。あゝのどかなり

  なんとなく泣きさうにならむ。セーターがからみあひつつ絨毯の上

  妻のピンクのセーターの魅力的なる今妻が着れば似合ふ

『孟子』離婁章句下110 孟子曰く、「王者の(あと)(や)んで詩亡ぶ。詩亡んで、然る後春秋作る。晋の乗、楚の(たう) 、魯の春秋は一なり。其の事は則ち斉桓(せいくわん)(しん)(ぶん)。其の文は則ち史。孔子曰く、『其の義は則ち丘窃かに之を取れり』と」

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

一乗実相(じつさう)(たま)清し 衣の裏にぞ(か)けてける 酔ひの後にぞ悟りぬる 昔の親のうれしさに
               (法文歌・法華経二十八品歌・五百弟子品・九一)

【現代語訳】『法華経』の説く真実の教えは宝珠のように清らかだ。親友は宝殊を衣の裏に縫い込めたことだ。酔いからさめて、長い時を経た後にそれを知ったのだ。かつての親友の行いのうれしさ、ありがたさよ。

【評】『法華経』五百弟子品で説かれる(え)(しゆ)の譬えを歌った一首。親友の家で酔いつぶれた男の衣の裏に、友は高価な宝珠を縫い込んでおいたが、男は気づかないままに貧窮した。後日、親友に再会してやっと宝珠のことを知った。このように、愚かな衆生は、仏の教えを受けても悟ることができないのである。

「一乗実相」の語は経本文にはないが、『法華経』の注釈書『法華文句』には、五百弟子品の中の「無価宝珠」(これ以上ないという貴重な宝珠)を注釈して「一乗実相真如如智宝也」としている。親友が衣の裏に縫い込めた高価な珠を「一乗実相」(すべてのものを悟りに導く真実の教え。「一乗」で『法華経』の教えを指すことも多い)と捉えるのは、『法華経』の注釈、解説の中に出てくる認識であり、当該今様も経本文だけから作られたのではなく、広い『法華経』受容の中ではぐくまれた認識の上に成立していることがわかる。

最終句の「親」は、衣珠の譬え話には登場しないため、「親友」の「友」が脱落したものと考えておく。

2月26日(木)

曇りで寒い。風もある。

  デスゲーム蟲毒に果てし男らの魂といふものありしと思ふ

  天・地・人と京から東京へ殺し合ふ二百九十二人次々に滅ぶ

  イクサガミ、勝ち抜くものは誰ならむわくわくどきどき終らんとする

『孟子』離婁章句下109 孟子曰く、「禹は(し)(しゆ)(にく)んで善言を好む。(たう)は中を執り、賢を立つること方無し。文王は民を視ること傷つけるが如く、道を望むこと未だ之を見ざるが(ごと)し。武王は(ちか)きに(な)れず、遠きを忘れず。周公は三王を兼ね、以て四事を施さんことを思ふ。其の(がつ)せざる者有れば、仰いで之を思ひ、夜以て日に継ぐ。幸ひにして之を得れば、坐して以て(たん)を待つ」

  禹・湯・文王・武王・周公それぞれに秀でたるものをもつ

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

われらが疲れし所にて 休むる心しなかりせば 宝の所に近くとも 途中(みちなか)にてぞ帰らまし
(法文歌・法華経二十八品歌・化城喩品・八八)

【現代語訳】われらが長旅に疲れ果てた場所で、休息させようという心が導師になかったとするならば、いくら宝の在り処に近くても、途中で引き返していたことだろう。

【評】『法華経』化城喩品で説かれる化城の譬えを歌った一首。宝を求めて荒野を旅する人々が疲れ切って進めなくなり、引き返そうと言いだした時、引率者が神通力で仮に城を作り出し、そこで一行を休ませてから再び進み、目的を達した。仏が衆生の意志の弱さを知り、方便によって彼らの回復を待つことの譬えである。

一首は、この譬え話がよく知られていることを前提にした反実仮想(事実に反することを仮定して想像すること)から成っており、化城喩の中心である、幻術によって城を仮に作り出したことには一切ふれない。「休むる」は「休息させる」意の他動詞、「心し」の「し」は協調の副助詞。導き手の、人々を休息させようという心に注目しており、疲れ果てて引き返そうとした衆生の行動と、導師の優しい配慮が対置される。仏の慈悲の心に対する深い感謝の気持ちがにじむ。

2月25日(水)

朝から雨、雨。

  ほとばしり咲くは白梅。公園の(きは)に花着け芯から匂ふ

  白梅のきはめて低きに咲く花のしかし淫蕩なる香りたゆたふ

  足取りをそこなふごとくに梅匂ふ。気分淫蕩なり。その白き花

『孟子』離婁章句下108 孟子曰く、「人の禽獣に異なる所以の者は(ほとんど)ど希なり。庶民は之を去り、君子は之を存す。舜は庶物を明らかにし、人倫を察す。仁義に由りて行ふ。仁義を行ふに非ざるなり」

  舜は庶物の道理に明らかであり人倫をわきまへ仁義に由りて行ふ

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

釈迦の御法(みのり)はただ一つ 一味(いちみ)の雨にぞ似たりける (さん)(さう)二木(にもく)はしなじなに 花咲き実熟るぞあはれなる(法文歌・法華経二十八品歌・薬草喩品・七九)

【現代語訳】釈迦の説かれた教えはただ一つで、すべてのものを平等に潤す雨に似ている。雨の恵みを受けて、三草二木それぞれに、花が咲き実を結ぶのは尊いことだよ。

【評】『法華経』薬草喩品で説かれる三草二木の譬えを歌った一首。釈迦は説法を聞いて喜んだ弟子の迦葉をほめ、次のような譬え話を語った。世界にはさまざまな植物がある。雨は一様に降るが、大中小の薬草、大小の樹木はそれぞれに応じて成長し、異なる花を咲かせ、異なる実を結ぶ。そのように、仏の説法は一様に衆生を潤し、素質濃緑に差のある衆生もやがてはそれぞれに悟りを開くことができるのだ。

「一味の雨」」は同一の味の雨がすべてのものに平等に降りそそぐこと。衆生に差別なく恵を与える仏の教えを譬える。経本文に「如来の説法は一相一味なり」「仏の平等の説は、一味の雨の如く」とある。

「三草二木」は大中小の薬草と大小の樹木。経本文には「三草二木」の語はなく、

『法華義記』『法華玄義』『法華文句』など。僧侶が記した『法華経』の注釈書に見られるが言葉が取り入れられている。

「しなじなに」は、それぞれの階層に応じての意。三草二木の成長が異なることは、経本文に「一雲の雨らす所は、その種性に称ひて、生長することを得、華・果は敷け実り」「仏の平等の説は、一味の雨の如くなるに、衆生の性に随ひえ、受くる所同じからざること、彼の草木を稟くる所、各、異なるが如し」とある。

釈迦の教えの平等性を説く薬草喩品の内容を、経典に忠実にまとめた一首であるが、後半二句では、慈雨を受けて花を咲かせ、実を結んだ草木、すなわち悟りに導かれた衆生の立場に寄り添って、その喜びを表現する。薬草喩品を詠んだ和歌の中には、草も木もおのがさまざまにおひにけりひとつの雨のそそくしづくに                           (『待賢門院堀河集』)
(草も木もそれぞれの種類に応じて成長することだ。等しく同じひとつの雨が降り注ぐのに)

大空の雨はわきてもそそがねどうるほふ草木はおのが品々(『千載和歌集』釈教・源信)
(大空の雨は差別をつけて降り注ぐわけではないが、それによって潤う草木はそれぞれの種類によって異なることだ)    
など、同様の発想のものがあるが、今様においては、聞き手を共感とともに巻き込んでいくような「あはれなり」という感情語が効果的である。

2月24日(火)

晴れてる。

  わが歩みの先行く小爺(こぢぢい)。懸命に追ひ抜かむとするにとても及ばず

  わが前をゆく子爺の(つら)を見むと思へどつひにふりかへることなし

  角を左に曲がる小爺の姿見むとしてわれも曲がるに影すらもなし

『孟子』離婁章句下107 徐子曰く、「仲尼(しば)(しば)水を称して曰く、『水なるかな水なるかな』と。何をか水に取れるや」と。孟子曰く、「原泉(げんせん)混混(こんこん)として昼夜(ちうや)(お)かず。(あな)に盈ちて而る後に進み、四海に(いた)る。(もと)有る者は(かく)の如し。是を之れ取れるのみ。苟も本無しと為さば、七八月の(かん)、雨集まりて、溝澮(こうくわい)皆盈つるも、其の涸るるや、立ちて待つ可きなり。故に声聞(せいぶん)情に過ぐるは、君子之を恥づ」と。

  君子は名声が実情以上は水源なき水と同様恥とするべし

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

窮子(ぐじ)の譬ひぞあはれなる 親を離れて五十年 万の国に誘はれて 草の庵に留まれば
                 (法文歌・法華経二十八品歌・信解品・七八)

【現代語訳】窮子(ぐじ)の譬え話はまことに感銘深く思われることよ。親の家を出て五十年間、あちらこちらを放浪し、ついに親の家に戻っても門外の草庵にとどまって、卑しい身と思っていたのだから。

【評】『法華経』信解品で説かれる長者窮子の譬えを歌った一首。釈迦の説法を聞いた迦葉ら四人の弟子が、自分たちの幸運を次のような譬え話に託して喜んだ。幼いころに家出をした息子が、生活に困窮し、諸国を流浪して五十年が過ぎた。たまたま父の長者の住む家の前を通りかかるが、それが父の家とは気付かない。父が人をやって呼ばせると、罰せられるのではないかと恐れるほどであった。そこで父は、貧相な男二人に「我々と『一緒に働こう』と誘わせ、息子を清掃人として雇う。長者自身も粗末な身なりをして息子に近づき、次第に親しくなる。そして息子を徐々に取り立てて、二十年後には財産の管理を一任する。臨終に際して、実子であることを告げ、全財産を相続させる。――自分たちはこの息子のようなもので、仏の方便によってまず小乗(声聞・縁覚→七二)の教えを与えられたが、今日、真実の教えを聞くことができてうれしい、と迦葉は述べた。

当該今様は、第二句・第三句では困窮した息子の放浪生活を歌い、第四句では、」息子が放浪の後、長者の家で二十年を過ごし、財産管理を任されるようになってからも草庵にとどまってたいたことを歌う。第三句と第四句の間には大きな飛躍があるが、長者窮子の譬えがよく知られていることが前提にあり、特に有名な『法華経』の偈(詩の形で表現された部分)「猶門外に処し、草庵に止宿して」を生かしてあるのだろう。

第四句「草の庵に留まれば」と第一句「あはれなる」の関係については、親に救われて親と気付かぬ人間、すなわち仏に導かれながら迷界に流転して仏性を自覚せぬ人間のはかなさを嘆いたとする説と、窮子が懸命で、多くの財産を扱うことになっても自制して身を持ち崩すことがなかったことをほめたたえたとする説があるが、真実の教えを聞いた弟子の喜びの表現としてこの譬え話が語られるところから、前者のように嘆きの感情を主たるものとして捉えるよりも、後者のように、ほめたたえる気持ちが中心にあると考えたい。ただし、ほめたたえられる対象は、弟子たちの譬えである窮子ではなく、窮子の譬え話全体から浮かび上がる仏の導きだと考えられる。すなわち、仏のはからいによって、いまだ草庵にいるような状態なのに求めもせずに無量の宝(真実の教え)を得られたことがすばらしくありがたいことだとしているのであろう。

2月23日(月)

昨夜雨が降ったようだが、妙に暖かい。

  雪の降りし翌日の朝、水のしたれば雪白くして未だに残る

  雪残る垣根の低き植木なり。なかなか溶けず、さはれば零る

  雪人形いくつか残る朝ならむ微笑めば人形も笑ひ反す

『孟子』離婁章句下106 孟子曰く、「言に実の不祥無し。不祥の実は、賢を蔽ふ者之に当る」

  実際には不祥不吉の言などなしあるとすれば賢者道を妨ぐるもの

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

幼き子どもはいとけなし 三つの車を請ふなれば 長者はわが子の(かな)しさに (びやく)(ご)の 車ぞ与ふなる
(法文歌・法華経二十八品歌・譬喩歌・七二)

【現代語訳】幼い子どもたちはあどけないものだ。三つの車を欲しがるので、長者はわが子が愛しくて、白牛の車をこそ与えるのだ。

【評】『法華経』譬喩品で説かれる火宅三車の譬えを歌った一首。釈迦の聞かせた譬え話は次のようなものであった。一人の大富豪がいて、古い邸宅に住んでいたが、その屋敷はには出口が一つしかない。ある日、突然火事が起こった。子どもたちは遊びに夢中になっていて、出てくるように言われても聞き入れない。そこで富豪は、「門の外には、お前たちの好きな羊の引く車、鹿の引く車、牛の引く車があるよ。早く出てきてこれで遊びなさい」と呼びかけた。つられて出てきた子どもたちに、富豪は宝物で飾り立て、大きな白い牛に引かせた車を一つずつ与えた。燃える家はこの世の譬え、羊車は声聞乗(自己の悟りのみを得ることに専念する者の乗り物)、鹿車は縁覚乗(師なくして独自に悟りを開いた者の乗り物)、牛車は菩薩乗(自己一人の悟りを求めるのではなく、悟りの真理を携えて他者のために実践しようとする者の乗り物)、大伯牛車は仏乗(菩薩をも超えた超越的存在である仏の乗り物)の譬えである。声聞乗・縁覚乗・菩薩乗の三乗を説くのは一時の方便であり、究極の目的は一仏乗である、と釈迦は説いた。

火宅三車の譬えは絵画化されることも多く、人々に広く知られていたものと考えられるが、当該今様では、経典にはない「わが子の愛しさに」という表現を用いて、親の情愛を強調している。がんぜない子どもの可愛らしさや親の思いといった身近な家族愛に訴えかける表現に、今様の特徴が窺われよう。

2月22日(日)

よく晴れて、春めいた日であった。静嘉堂文庫美術館へ。メトロ二重橋下車。

  鳩は平和の象徴と言ひしも現実は糞、糞し放題

  マンションの周囲にたたずむ鳩どもをやっつけねばならぬ鴉とともに

  ときをりはトンビも上空に現れていつせいに逃ぐる鳩むれならむ

『孟子』離婁章句下105 孟子曰く、「善を以て人を服する者は、未だ能く人を服する者に有らざるなり。善を以て人を養ひて、然る後能く天下を服す。天下心服せずして王たる者は、未だ之れ有らざるなり」

孟子言ふ「天下心服せざれば王となりたるものあらず

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

いにしへ童子の(たはぶ)れに (いさご)を塔となしけるも 仏に成ると説く経を 皆人持ちて縁結べ
(法文歌・法華経二十八品・方便品・六八)

【現代語訳】「昔、童子が遊びとして砂で仏塔を造ったことも、それが機縁となって仏に成る」と説く『法華経』を、すべての人が信じ、受持して成仏のための縁を結べよ。

【評】法華経二十八品歌の方便品のうちの一首。宇宙万有の真相を十のあり方(十如是)で説く。方便とは、衆生に真実を明かすまでの暫定的な手段を意味し、三乗(声聞乗・縁覚乗・菩薩乗)の教えは仮の教え、方便であって、真実には一乗仏(一乗)があるだけあのだと説かれる。しして、過去における、布施・修福説・造塔・造石廟・作仏像・楽や歌唄など、それぞれに応じた修行や供養をなした者がみな仏に成ったことを示す。
具体例のうち、子どもが戯れに、土や砂で塔や仏像を造っただけでも成仏の因となるのだとする点は、今様が最も注目したところである。一方、釈教歌(仏教に関する和歌)では、成仏のきっかけになる善行の例として、童子の造塔よりも、一枝の花を仏像に捧げることの方がよく詠まれる。季節感を表すことができ、優美なものとして伝統的によく詠まれてきた「花」を和歌が取り上げ、やや俗に近く、日常的な親近感のある子どもの「遊び戯れ」を今様が取り上げるのは、両者の性格の違いをよく示していると言えよう。

2月21日(土)

晴れ。

  妻とともに横浜ハーバーの工場へ。詰め放題に心躍らせ

  詰め放題、女性ばかりが台囲みビニール袋をむやみに伸ばす

  平均値に及ばず袋を閉ざしたりちょっと残念また今度くる

『孟子』離婁章句下104 孟子曰く、「博く学んで詳かに之を説くは、将に以て反つて約を説かんとすればなり」

  博学にて詳らかにするは約を説かんとすればこそなれ

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

釈迦に法華経説く始め 白毫光は月の如 曼陀羅曼殊(まんず)の華降りて 大地も六種(むうさ)に動きけり(法文歌・法華経二十八品歌・六〇)

【現代語訳】釈迦が『法華経』を説かれた最初には、眉間の白毫から放たれた光は月の如く輝き、空からは曼陀羅華や曼殊沙華の花が降り、大地は六種に振動したのであった。

【評】法華経二十八品の序品のうちの一首。序品は二十八章からなる『法華経』の第一章にあたり、釈迦のまわりで起こった、説法の前触れとなるさまざまな奇跡を記している。

「白毫」は仏の眉間にある白い巻毛で、『法華経』を説かれようとした時、白毫から放たれた光は世界中をあまねく照らしたという。この光を今様は月光に譬えて幻想的で美しい情景を描き出している。

「曼陀羅曼殊の華」は「曼陀羅華」と「曼殊沙華」。『法華経』によると、両者に「魔訶曼陀羅華」「魔訶曼殊沙華」をあわせて四種類の美しい花が降ってきたとされる

辺りに満ちあふれる月のような光、天から降ってくる美しい花々、重い響きをたてて揺れ動く大地。劇的な場面が簡潔に美しく表現されている。