朝は曇っていたが、晴れてきた。しかし寒い。
今村翔吾『イクサガミ』天を読む。天は、前に一度読んでいるのだが、ほとんど初読同然。京都から東海道を通って江戸へ。「蟲毒」殺害、生き残りの旅である。後、地・人・神の巻がある。感想は全冊読んだ時にしたい。
珈琲のカップに上る湯気あればしあわせと思ふ冬の午後なり
缼くるものわれにもありて鬱然と珈琲を喫む冬の快楽に
珈琲に苦さなければ旨くなしその苦さこそ快楽につづく
『孟子』離婁章句上80-1 曾子、曾晳を養ふに、必ず酒肉有り。将に徹せんとすれば、必ず与ふる所を請ふ。『余り有りや』と問へば、必ず『有り』と曰ふ。曾晳死す。
曾元、曾子を養ふに、必ず酒肉有り。将に徹せんとするも、与ふる所を請はず。『余り有りや』と問へば、『亡し。将に以て復び進めんとするなり』と曰ふ。此れ所謂口体を養ふ者なり。曾子の若きは、則ち志を養ふと謂ふ可きなり。親に事ふること、曾子の若き者は可なり」
親に仕えんとすれば将に曾子のごとくせむ口腹を求めず
川本千栄『土屋文明の百首』
牛の子の如くにからびしくそつけて臥やる一日は侘しかりけり 『続青南集』
<牛の子のように干からびた糞をつけたまま横になっている一日は侘しかったなあ。>
「一日」は「ひとひ」。昭和三十七年「病みて」より。同年一月、七十一歳の文明は心筋梗塞に倒れ、三か月間入院した。四十四年間続けた「アララギ」の選歌も辞した。この歌は自分で尻も拭けない状況を、事実そのままに歌っており、それが滑稽でもあり物悲しくもある。尻に糞を付けたままの仔牛、というのは農の人らしい観察だが、その比喩により、病気の老人が弱々しく頼りなく、どこか可愛らしい存在に感じられる。
立ちかへり立ちかへりつつ恋ふれども見はてぬ大和大和しこほし 『続青南集』
<何度も何度も引き返しきて恋しくおもうけれども、全てを残らず見ることはできない大和、大和が恋しい。>
「大和し」の「し」は強調。七十三歳の文明は「短歌研究」昭和三十九年一月号に「やまとの国」と題する全百三十二首の大作を発表した。三十七年に心筋梗塞を病んだことを考えると、旅程も含めて驚異的な復活だった。文明は歌会や万葉踏査のため何度も同じ地域を訪れており、大和(奈良)には特に愛着があった。同じ語の繰り返しによって韻律を整えつつ、大和への愛を歌い上げる。倭健命の「大和しうるはし」も思わせる。