10月6日(火)

いい天気だ。なんとなく久しぶり感あり。

曼殊沙華萎えて花垂るひとところさびしきものよ秋すぎにけり

わが視野にテロリストあり倒したき幾人がゐるこの目の先に

世界とは常にどこかで戦乱の止むことのなきやるせなきもの

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

学あるです

風が空吹きめぐり

学あるひと自然の香をにほはす

大小の山々に招隠ノ士が多くあらはれて、

美しくすんなりした人もとなるさわぎ。

なゝめに玉犀黄をはさんでをるが。

桂 文女也

天風撓り、

文女天香散ず

大小山馨招隠の士

娉婷の人探花郎たり、

斜めに玉犀黄を挿む。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

あしびきの山田の案山子なれさへも穂ひろふ鳥を守るてふものを

【大意】山田に立っているあの馬鹿げた格好につくられた案山子よ、そなたさえも稲の穂をとりに来る鳥の見張番をして農作物守護の役目をつとめているのに、このわしはまあ一体何の役に立つというのだ。

【評言】自責の歌である。時には「山かげの岩間をつたふ苔水のかすかに我はすみわたるかも」の安住を歌い、時には「この宮のもりの木したにこどもらとあそぶ春日はくれずともよし」の優游境をうたった良寛にも、時にはこうした胸を貫くごとき自責の悩みがあったのだ。この歌においても、それが切実に胸に響いて来る所以は、それが山田に立てる案山子に対しての個的実感を通して歌われているからである。こうした感情も単に抽象的に歌ったのでは、よしその感情が自己にとりて切実であっても、歌に現れた効果はとかく稀薄になり勝ちであるのは明らかである。

10月5日(月)

朝ちょっと降って歩くのを止めたが、後は曇りだ。

相模川の流れの量の増えてゐる泥なす濁流。圏央道下に

圏央道は海老名ジャンクションに続く道渋滞気味なり激しき雨にも

三川合流地域の芝草の河原はすでに泥流の下

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

ゆさんの女だ

風そより〳〵、

をんながおしやれをしまする、

広陵のはたけ内には見られないから

多分湊洧の川のほとりにあそんでるんだろ、

といふ字のあだ名が惜しまれるやつさ。

芍薬 遊女也

風相謔、

遊女容儀を飾る、

広陵園裡に向て覓めず、

定めて港洧水辺に従つて嬉、

惜むべしこれ将離。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

墨染のわが衣手のゆたならば貧しき人をおほはましものを

【語義】「墨染のわが衣手」は自分の僧衣の袖であるが、この場合は寧ろ出家の身としての自分の物質的所有を意味している。〇「ゆた」は「ゆたか」。〇「おほはましものを」は「わが衣手を以て蔽いかばおうものを」の意であるが、これも真意は寧ろ「恵み救おうものを」というにある。

【大意】何かにつけて豊かな身分であったら世間の貧しい人達を普く恵み救ってやろうものを、悲しいかな自分は出家無一物の身であって何とも致し方がない。

【評言】自分一個を清く正しく安くする上からは結局無一物の境涯にまさる境涯はないのであるが、さて眼を外に転じて世上幾多の貧しい人々を見、その境涯を憐れむにつけても、やはり自分の貧しさがその故にこそ悲しまれもするのであった。こうした歌も自ら豊かな境遇にいる人が詠むと、兎角厭味が多くなるものであるが、良寛のこの歌にはむしろつきせぬ涙を味わせられる。真実がこもっているからである。この歌の第四句が「浮世の民を」となっているものもあるが、私はやはり「貧しき人を」の方がいいと思っている。

10月4日(日)

昨日に続き晴れている。雨はふらないようだ。

朝から雨は台風25号のためどこまで続くかいつまでふるか

台風には心躍れどかにかくも上空襲ふ予報は避けたし

本格的に降り風ふくは今晩から明日にかけて怖れたるべし

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

ものしづかなです

ひんがしののしたで

ものしづかなが秋の気分にひたる、

痩せほそる影がスル〳〵と簾を捲きを窺ひ、

冷めたいが袖にみち〳〵先生にる、

晩年ひとりを嗜む心ばへとこそ。

菊 靜女也

東籬の下、

靜女秋気に隠る、

痩影捲簾李媛を窺う。

冷香袖に盈ち陶君に侍す、

晩節暗に超群。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

世の中を思ひおもひてはて〳〵はいかにやいかにならむとすらむ

【大意】人の世の有様を観じ、衆生の苦患を思うて悲しみ悩みつつしまいには一体どうなるんだろう。

【評言】西行に「行方なく月に心の澄み澄みてはてはいかにかならんとすらむ」という一首がある。良寛のこの歌にはたしかに西行のこの一首からの影響があるとおもう。西行のに比して少々力足らぬ憾みがないでもないが、単なる模倣でないだけは、たしかであると思う。良寛にはこの歌の類歌が数首ある。そのうちの二、三首を挙げて置くことにする。

わが袖は涙にくちぬさよふけてうき世の中のことをおもふに

うつし身の人のうけくをきけばうし我もさすがに岩木ならねば

長崎の森のからすの鳴かぬ日はあれども袖のぬれぬ日ぞなき

いずれもしみじみとはしているが、何となく力弱く感じられるのは、主となっている感情があまりに一般的であり且抽象的であるからであろう。同じくこうした一般的感情を歌ったものでも、切実な個的経験を通して歌われた作には、強く響くのが良寛には他に少からずある。

10月3日(土)

久々に晴れている。

台風25号の雨・風の量、事前に準備す。ベランダの物干し

ほんたうは九階の部屋までは被害ないと高を括るもどうなるものか

どことなく恐れはあれどそんなはずはないものと思ふがさうも思へず

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

金満の貴族の女である

みどりのまんまく張りめぐらし

金満の貴族の女にふさわしいてだよ

物や〇物のが手前味噌

やだけでむつちり肌がれるね、

ォィまた、べにを買はせにやる。

牡丹 富貴女也

翠幔を張り、

富貴の女相宜、

欧碧〇紅異品を誇る、

宝釵珠絡豊肌を想う、

又臙支を買わしむ。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

鏡に対して

白雪をよそにのみ見てすごせしがまさにわが身につもりぬるかも

【語義】「白雪」は自然界に降る白雪と身につもる白雪即ち老のしるしの白髪とをかけて云っているのである。〇「よそ」は「我が事ならず疎み遠ざけて」の意。〇「まさに」は「まさしく」「たしかに」の意。

【大意】白雪を自分以外の世界や自分以外の人の身の上にばかり見て、自分には来ないものと思って過して来たが、今はまさしくこの通り自分の身にも降り積もったことよ。

【評言】「白雪」の使い方が甚だ曖昧のようであるが、しかし「老」とか「白髪」とか云わずにあっさりと「白雪」とだけですましている所が却って面白く感じられる。悲しんでいるが如くしてしかも戯れて居り、戯れているが如くしてしかも悲しんでいる心持も味いが深い。良寛にはなおこれに似た歌が数首ある。二、三を挙げて置く。

久方の雲のあなた関すゑば月日の行くをけだしとめんかも

いとはねばいつかさかりはすぎにけり待たぬに来るは老にぞありける

ちはやふるいづれの神を祈りなばけだしや老をはらはさむかも

昔より常世の国はありと聞けど道を知らねば行くよしもなし

第一の歌の大意は「大空の雲の彼方に関門を据えて月日の通過をゆるさなかったらもしや月日の過ぎてゆくのを留めることも出来ようか」。第二のは「厭わないのでいつの間にか壮齢は過ぎ去ってしまった。思えば待たないのに来るものは老齢であるわい」。第三の「ちはやふる」は神の枕詞で、一首の大意は「どの神様に祈りでもしたらもしや老を掃い去ることが出来ようか」。第四の歌の「常世の国」は「常住の国」「永遠に変化なくもとのままである国」即ち「不老不死の国」で、一首の大意は「昔から不老不死の国があるということを聞いてはいるが、そこへ行く道がわからぬので行く方法がない」。

物外に超越していた良寛にも、こうした悲しみがあった。その人間味が一層なつかしい。しかし、これらの歌、いずれも悲しみにのみ執着して歌っていないところに、世の常のそれと異なった味わいのあることも、見のがしてはならぬと思う。

10月2日(金)

朝は晴れていたが、曇り、そして雨。

木犀の匂ふ頃には友一人死ににけりもっとも親しき友が

蘇我のホールに通夜・葬式をする時は今泉重子未だ生きてゐし

友の死より半年しての自裁なりその死にはただ涙するのみ

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

いろじろ女だ

月かげのほのかに

いろじろ女のうす化粧てないもんだね、

わかれがつらいといつも雨を帯びてるし

べにおしろいもずに宮中へおしかける、

で男ごころをつかむ手合さ。

梨 素女也

溶々の月

素女素と粧妍、

為に離愁を訴え常に雨に帯ぶ、

脂粉を施さずまた朝天、

本色人の憐を動かす。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

の森のに我れ居ればゆらぐもよ人来たるらし

【語義】「乙宮」は越後国上山の麓の国上村にある乙子神社を指す。良寛は六十一歳の時老衰の結果薪水の労に堪えなくなった為に山上の五合庵からこの乙子神社境内の庵に移ったとの事である。〇「鐸」は大きな鈴で、他の地方ではどうだか知らぬが、越後では神社の拝殿の入口の上に大きな鈴を吊し参拝者は先ずその鈴を揺り鳴らすことになっている。この場合もそれを指したのであろう。〇「ゆらぐもよ」の「も」も「よ」も感嘆詞。

【評言】良寛が五合庵から乙子神社境内に移ったのは一つは薪水の労に堪えなくなったからでもあろうが、一つは身に老衰を感ずることが切実になるにつれて、人なつかしさの情の募ったからでもあったろう。「乙宮の森のしたやの静けさにしばしとてわが杖うつしけり」などという歌もあるが、やはり人なつかしさの情に動かされずにはいられなかったのであろう。そう思ってこの歌を味って見ると「人来たるらし」の結句が一層強く響くのを感ずる。なおこの歌が

浅茅原小曽根を過ぎもも伝ふ鐸ゆらぐもよ置目来らしも (紀)

という古歌の影響を受けていると見た斎藤茂吉氏の説にも私は賛成する。

10月1日(木)

今日は晴れていたが、横浜駅の人の多さにたまげたのだ。

トイレの扉、便器の蓋、ズボンを下げてパンツ脱ぎ、尻を降して便器に座る

いちいちに音たてて音するトイレなり西洋便器があたりまえなり

いまもなほ和風便器のトイレあるとうにわたしには小便も出来ず

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

やしよだ

争春舘さんェ

よしや女がそこでひどく又繁昌だねェ、

十里ちりはとぶ盤馬のみちか、

満頭香はむらがる閙妝のはなか、

あたしんちはよ。

杏 艶女也

争春舘、

艶女儘く繁華

十里塵は飛ぶ盤馬の路

満頭香は簇る閙妝の花

深巷は是儂が家。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

なよ竹のはしたなる身はなほざりにいざくらさまし一と日一と日と

【語義】「なよ竹の」は「はした」にかけた枕詞と見るべきであろう。〇「はした」には「中途半端」というような意味もあり、「余計」とか「零余」とかいうよいな意味もあるが、ここではその後の意味則ち「余計もの」「つまらないもの」に使われているらしい。〇「なほざりに」は「世の常として」「深く心をとめずに」などの意味がある。

【大意】わしのようなつまらない者はまあそう大して気をもまずに平凡にその日その日を暮すことにしようよ。

【評言】これは決して自棄的な心持から出た歎声ではない。むしろつつましやかな静かな心の表現である。それは一首の調子でよく感じられる。一種の調子にはほそぼそとしたしめやかさと共に、静かなおちつきがある。「いざくらさまし」の句も「いざ」というような詞を使っていながら、全体の上に響いている響き方はやわらかである。放言といったような気分は寸毫もなくして、一首全体がしめやかさで潤うている。といってまた決して泣言めいているところなど少しもない。

9月30日(水)

朝、まだ雨だ。曇りになるらしいが。

午後三時、卓に座りて茶を喫すしばしは頭の中は茫漠

人間の情念はいつもいつの世もテロルを欲す七十になれど

テロルを欲するは駄目なのかさうしかできぬ時もあるべし

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

はすはをんなさ

うらみをながして

はすは女が啼きをほころばせるやつさ、

一すぢの香は匂うて紫色の巷にただよひ

笑を千金に買はれてに入る、

あゝ不仕合せな雨中のだよ。

桃 蕩女也

能く鎖恨

蕩女、啼痕破る、

一路香を生じて紫陌に飄い

千金に笑を買われて朱門に入る。

薄明なり雨中の魂。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

人のもとより文おこせたりけり、此の頃は事繁し、事果てなば行きてあひ見んと、其後は音もせざりけり、一と日二た日こそ事しげからめ、いつかなぬかこそ事しげからめ、此の人とはに事しげき人や

事しあれば事しありとて君は来ず事なきときはおとづれもなし

【評言】平明この上もない歌である。しかも、よくも歌い得たるものかなというような感嘆の声を禁じ得ない歌である。幾度よんで見ても微笑の抑えがたきものがある。切なる人間愛慕の情があらわれているというよりも、ある種の人間に対する鋭い風刺感じられるからである。幾分ユーモラスな気持で歌っていながらも、やはりその人に対するなつかしさが掩うべくもなく現れている。その情があればこそ一首が聊かも冷やかさをも感じさせない。冷やかに人間を嘲るといったようなところは良寛には露ほどもなかったらしい。この種の歌はともすると冷嘲に陥り、意地わるい風刺に流れ易いものであるが、この歌にはそんなところは微塵もない。相手は何人であったか知れぬが、おそらくこの歌をおくられてもそう悪い気持はしなかったであろう。