9月21日(月)

台風の雨がふりつづく、寒い。

昨夜からの雨、そして雨。湿気が多く圧さるるごとし

圧しくる空の重さに耐えかねて今日一日は臥してゐるなり

時に止む時もあらむかその時を間違ふことなく歩みだしたり

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『孟子』尽心章句下259 万章問うて曰く、「孔子陳に在りて曰く、『ぞ帰らざる。吾が党の士は、にして進取なり。其の初めを忘れず』と。孔子陳に在りて、何ぞ魯の狂士を思ふや」と。孟子曰く、「孔子は、『中道を得て之に与せずんば、必ずやか。狂者は進んで取り、獧者は為さざる所有るなり』と。孔子豈中道を欲せざらんや。必ずしも得可からず。故に其の次を思ふなり」と。「敢て問ふ如何なれば斯に狂と謂ふ可き」と。曰く、「・・の如き者は、孔子の所謂狂なり」と。「何を以て之を狂と謂ふや」と。曰く、「其の志たり。古の人古の人と曰うも、其の行ひをすれば、をはざる者なり。狂者又得可からず、をしとせざるの士を得て、之に与せんと欲す。是れなり。是れ又其の次なり」と。

孔子は中庸の道を行ふ者と共にゐる志は嘐嘐然としいにしへの人を求む

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

なほざりにそとにでて見れば日はくれぬ又たちかへる君がやかたに

【語義】「なほざりに」は「深く心を付けずに」即ち「何の気なしに」。〇「やかた」は「館」で「家」というに同じ。

【評言】これも阿部定珍に与えた歌である。定珍の家に来ていてまだ帰りたい気もないのだが何ということなしに外へ出て見たが日が暮れているのでまたその家に立帰った折に、それだけの事をそのままに詠んだのであろう。ありのままを自由に率直に歌っていながら、情味がみちみちている。「なほざりに」もよく気持をとらえてある。「そとにでて見れば日はくれぬ」の「でて」もピンと響く「いで」などではつまらない。上句と下句のつづき工合もいい。こうした有りのままの経験を描いてそのうちに無量の情味を蔵せしめているのは、良寛の歌の最もいい特色の一つである。この歌をよむとその場合のその人の様子が目に見えるような気がすると同時に、いろいろ動いていたその人の経過までが味深く感じられる。事象だけを歌うのは易い、心だけを歌うのは易い。しかし、このように事象を歌いながら、歌いつくせない心までも含ませることは至難である。こうした歌をよんでただこれが無造作にのみ歌われたものだとなんとか思ってはとんだまちがいである。随分と苦労を経なければここへは行けないと思う。

9月20日(日)

朝方、ちょっと曇っていたが、後は雨。

気温は下がれどこの蒸し蒸し体調に影響ありからだ重し

天の圧力か圧しくるこの力には堪え難くして

もう少し若ければこんな天気などなにほどのこともなしとおもへるかもしれず

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『孟子』尽心章句下258 を嗜む。而して羊棗をふに忍びず、公孫丑問うて曰く、「と羊棗とれかき」と。孟子曰く、「膾炙なるかな」と。公孫丑、「然らば則ち曾子は何為れぞ膾炙を食ひて、羊棗を食はざる」と。曰く、「膾炙は同じうする所なるも、羊棗は独りする所なればなり。名をみてをまざるは、姓は同じうする所なるも、名は独りする所なればなり」と。

羊棗を好んで食うは曾晳なりその子曾子は羊棗食はず

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

われもおもふ君もしかいふこの庭に立てる槻の木いとふりにけり

【語義】「槻」は欅の一種、「つきけやき」ともいう。〇「しかいふ」は「そういう」。

【評言】これは阿倍定珍が「この庭に立てるつきの木人ならばとはましものをいく夜へぬると」と歌ったのに唱和したものである。何でもない歌であるが、「われもおもふ君もしかいふ」などは自由なもおである。それでいて少しも厭味がない。無理に弄した技巧ではないからである。

9月19日(土)

涼しいのです。晴れています。

珈琲のカップを両手に包み飲むこの幸せをたのしみてゐる

温度下がるも湿度高きこれを秋とはいまだ呼べざる

たしかに朽ち葉落ち葉は増えたるが秋には遠き情緒あらざる

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『孟子』尽心章句下257 孟子曰く、「心を養ふは、より善きは莫し。其の人と為りや寡欲なれば、存せざる者有りと雖も、寡し。其の人と為りやなれば、存する者有りと雖も、寡し」

人の本心を修養するに欲を少なくするよりよき方法はなし

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

山里のさびしさなくば殊更に来ませる君に何をあへまし

【語義】「あへ」は「饗へ」即ち「馳走する」。

【大意】山里のさびしさがなかったらわざわざ来てくだすったあなたに何を馳走しましょう、何もない。

【評言】わざわざこんな山里にいる自分をたずねてくれたがこの「さびしさ」以外に何も馳走するものはないという言葉のうちには、謙遜と共に一種の誇がある。さびしい山里は、そのさびしさそのものが第一の馳走だとは良寛にして初めて云い得る言葉である。この歌は阿倍定珍に贈ったのである。

9月18日(金)

曇り。晴れてる。雲ってる。

朝から雨、そして雨ほの暗き窓の外まるでわが心かも

なんとなく暗き思ひのつづくごと小雨が続くさがみの原は

遠ぞけば霞むがごとき建物のいくつもありて見分けがたし

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『孟子』尽心章句下256 孟子曰く、「大人に説くには則ち之をんぜよ。其のたるを視ること勿れ。堂の高さ、数尺。我志をるもさざるなり。食前方丈、数百人。我志を得るも為さざるなり。して酒を飲み、し、後車千乗。我志を得るも為さざるなり。彼に在る者は、皆我が為さざる所なり。我に在る者は、皆古の制なり。吾何ぞ彼を畏れんや」

われの有するものは聖人の礼、彼の有するよりももっと貴重なり

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

いざこゝに我身は老いむあしびきの国上の山の松の下いほ

【語義】「老いむ」は「老いよう」で即ち「老いるまで住つづけよう」という意。

【大意】さあここにこの国上山の松の下かげの草庵に、わしは老いようぞ。

【評言】「いざこゝに」は「さあいよいよここで」という意気込んでいる気持よりも、「おれもいよいよここで」というようなやはりみずからをさびしむ気持の方が勝っているような気がする。「我身は老いむ」という第二句には限りないさびしさがある。しかも、その限りないさびしさをじっと独り味っているところに尊い安らかさが存するのである。この歌が全体として安らかな感じを与える所以はそこにあると思う。

9月17日(木)

今日は曇りのようです。

九月一日、朝の空は曇りにて雲の下部、朝焼けの橙の色

公園の欅の後方に雲ありて下部朝焼けてだんだら模様

だんだら雲は朝焼けにして明るきなりその背景には透明な空

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『孟子』尽心章句下255 孟子曰く、「堯・舜は性のままなる者なり。・武は之にるなり。

、礼にる者は、の至りなり。死をしてむは、生者の為に非ざるなり。ならざるは、以て禄をむるに非ざるなり。言語必ず信なるは、以て行ひを正すに非ざるなり。君子は法を行ひて、以て命を俟つのみ」

君子たる者、正しい理法のまま行動し、その結果は天命に任せるのみ

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

国上山杉の下道ふみわけてわが住むいほにいざかへりてむ

【評言】この歌にも「わびぬれどわがいほなればかへるなり心やすきをおもひでにして」(西行)というような安らかさ静けさを求めている心持が味われると同時に、云いようのない深いさびしさがこめられている。「杉の下道ふみわけて」の二句がわけて心を惹く。

9月16日(水)

朝から雨、ずっと雨。

このところ涼しくなりしは秋になりやうやう木の葉も色づきにけり

なんとなく涼しくなれば心地よく歩くにも少し張り合ひがある

わづかなるが黄落する葉を避けてゆく歩きゆくにも気をつかひながら

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『孟子』尽心章句下254 孟子曰く、「近くして遠き者は、なり。守ること約にして施すことき者はなり。君子の言や、帯を下らずして道存す。君子の守りは、其の身を修めて天下平らかなり。人其のをてて人の田をるをとす。人に求むる所の者重くして、自ら任ずる所以の者軽ければなり」

君子が守り行ふは修養するのみそれで天下が大平になる

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

あしびきのわがすむ山は近けれど心とほくもおもほゆるかな

【評言】これはまだ山上の庵にいた頃の作であろう。托鉢にでも出て、どこかあまり遠くないところの村の家に泊まってでも居た時よんだのかも知れぬ。人里に出てわが住む山をおもうて見る道のりではそう遠くもないのだが何となく遠い遠い処のような気がするという言葉のうちには、浮世離れた自分の生活に今更のように驚いて居るような気持も含まれている。と同時に、何ということなしにそうした世外の生活を営んでいる我自らをさびしむような気持も感じられぬでもない。

9月15日(火)

朝は雨だったが、曇りになる。

気がつけば全身包帯に巻かれたりエジプトのミイラのごとく動けず

口も鼻も耳も包まれ身動きできず人呼ぶことも不可能にして

ミイラのごとく叫べず動けず墓場にて棺の中に納められたり

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『孟子』尽心章句下253 孟子曰く、「人皆忍びざる所有り。之を其の忍ぶ所に達するは、仁なり。人皆為さざる所有り。之を其の為す所に達するは、義なり。人能く人を害せんと欲する無きの心をさば、仁げて用ふ可からざるなり。人能くする無きの心を充さば、義勝げて用ふ可からざるなり。人能くを受くる無きの実を充さば、往く所として義為らざるは無きなり。士未だ以て言ふ可からずして言ふ、是れ言ふを以て之をるなり。以て言ふ可くして言はざる、是れ言はざるを以て之をるなり。是れ皆の類なり」

言ふことにより気を引くまた言はぬことで気を引くいずれも盗人のごとし

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

わがやどは国上やまもとこひしくばたづねて来ませたどり〳〵に

【語義】「たどり〳〵に」は「たずねさがしたずねさがして」というほどの意。

【評言】これは晩年山を下って山麓乙子神社境内の草庵に入ってから友人にでも贈った歌であろう。「たどり〳〵に」の結句が一首全体に響いている。