久々に晴れている。
台風25号の雨・風の量、事前に準備す。ベランダの物干し
ほんたうは九階の部屋までは被害ないと高を括るもどうなるものか
どことなく恐れはあれどそんなはずはないものと思ふがさうも思へず
*
日夏耿之介『唐山感情集』
金満の貴族の女である
みどりのまんまく張りめぐらし
金満の貴族の女にふさわしいてだよ
物や〇物のが手前味噌
やだけでむつちり肌がれるね、
ォィまた、べにを買はせにやる。
牡丹 富貴女也
翠幔を張り、
富貴の女相宜、
欧碧〇紅異品を誇る、
宝釵珠絡豊肌を想う、
又臙支を買わしむ。
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
鏡に対して
白雪をよそにのみ見てすごせしがまさにわが身につもりぬるかも
【語義】「白雪」は自然界に降る白雪と身につもる白雪即ち老のしるしの白髪とをかけて云っているのである。〇「よそ」は「我が事ならず疎み遠ざけて」の意。〇「まさに」は「まさしく」「たしかに」の意。
【大意】白雪を自分以外の世界や自分以外の人の身の上にばかり見て、自分には来ないものと思って過して来たが、今はまさしくこの通り自分の身にも降り積もったことよ。
【評言】「白雪」の使い方が甚だ曖昧のようであるが、しかし「老」とか「白髪」とか云わずにあっさりと「白雪」とだけですましている所が却って面白く感じられる。悲しんでいるが如くしてしかも戯れて居り、戯れているが如くしてしかも悲しんでいる心持も味いが深い。良寛にはなおこれに似た歌が数首ある。二、三を挙げて置く。
久方の雲のあなた関すゑば月日の行くをけだしとめんかも
いとはねばいつかさかりはすぎにけり待たぬに来るは老にぞありける
ちはやふるいづれの神を祈りなばけだしや老をはらはさむかも
昔より常世の国はありと聞けど道を知らねば行くよしもなし
第一の歌の大意は「大空の雲の彼方に関門を据えて月日の通過をゆるさなかったらもしや月日の過ぎてゆくのを留めることも出来ようか」。第二のは「厭わないのでいつの間にか壮齢は過ぎ去ってしまった。思えば待たないのに来るものは老齢であるわい」。第三の「ちはやふる」は神の枕詞で、一首の大意は「どの神様に祈りでもしたらもしや老を掃い去ることが出来ようか」。第四の歌の「常世の国」は「常住の国」「永遠に変化なくもとのままである国」即ち「不老不死の国」で、一首の大意は「昔から不老不死の国があるということを聞いてはいるが、そこへ行く道がわからぬので行く方法がない」。
物外に超越していた良寛にも、こうした悲しみがあった。その人間味が一層なつかしい。しかし、これらの歌、いずれも悲しみにのみ執着して歌っていないところに、世の常のそれと異なった味わいのあることも、見のがしてはならぬと思う。