晴れ。
摩多羅神は不可思議の神。到来を喜ぶはわれ、いのちなりけり
牛頭天王の祠に祈るわれならむ。世界全土にいくさ無きこと
バカどもに告ぐ。おのれらの自己中心主義さうさうに辞めよ
『孟子』縢文公章句61-2 曰く、「是れ何ぞ傷まんや。彼は身屨を織り、妻は纑を辟み、以て之に易ふるなり。」と。曰く、「仲子は斉の世家なり。兄の戴が蓋の禄万鐘あり。兄の禄を以て不義の禄と為して、食はざるなり。兄の室を以て、不義の室と為して、居らざるなり、兄を辟け母を離れて、於陵に処る。他日、帰れば則ち其の兄に生鵝を饋る者有り。己頻顣して曰く、『悪んぞ是の鶃鶃の者を用ふるを為さんや』と他日、其の母是の鵝を殺すや、之を与へて之を食はしむ。其の兄外自より至りて曰く、『是れ鶃鶃の肉なり』と。出でて之を哇く。母を以てすれば則ち食はず。妻を以てすれば則ち之を食ふ。兄の室を以てすれば則ち居らず、於陵を以てすれば則ち之に居る。是れ尚ほ能く其の類を充すと為さんや。仲子の若き者は、蚓にして後、其の操を充す者なり」と。
仲子のやうな者は蚯蚓にならずば主義主張徹底せず
川本千栄『土屋文明の百首』
嵐の如く機械うなれる工場地帯入り来て人間の影だにも見ず 『山谷集』
<嵐のように機械のうなる音が響く工場地帯に入って来ると人間は影さえも見かけない>
昭和八年「鶴見臨港鉄道」より。急速に発展する京浜工業地帯の鶴見埋立地には、大資本による機械化された大工場が立ち並ぶ。「城東区」の歌よりさらに破調が顕著になり、音数は七、七・七・九・七と定型を大きくはみ出し限界まで広がりながら、上句下句の均整の取れた引き締まった韻律になっている。当時こうした破調の文体は「文明調」と呼ばれ、抒情を拝した冷徹な視線で対象物を把握する発想は「新即物主義」とも呼ばれた。
吾が見るは鶴見埋立地の一隅ながらほしいままなり機械力専制は 『山谷集』
<私が見ているのは鶴見埋立地のほんの一隅だが、思うようにふるまっている、機械力の専制は。>
「鶴見臨海鉄道」より。この片隅から見ている部分ですら機械力の専制が圧倒的なのだから、全体ではどれほど機械力に支配されているのか。物を端的に描くことから、近代的な機械力が人間存在を圧し疎外することへと考察は及ぶ。続く「横須賀に戦争機械化を見しよりもここに個人を思ふは陰惨にすぐ」「無産派の理論より感情表白より現前の機械力専制は恐怖せしむ」も圧倒的な機械力の前の個人の無力さを、破調により際立たせる。