1月17日(土)

今日また晴れ。湿度が低いらしく各地で火災。

  金沢城下は目の下にあり町の燈は柳にともり川に流るる

  (いしだん)を下へ下へ。谷底のやうなる暗がり五(しよく)まだ来ず

  あきなひ帰りの豆腐屋。ぶつかるやうにハタと留まる

『孟子』離婁章句上71 孟子曰く、「自暴者は、与に言ふ有る可からざるなり。自棄者は、与に為す有る可からざるなり。言、礼儀を非る、之を自暴と謂ふ。吾が身仁に居り義に由ること能はざる、之を自棄と謂ふ。仁は人の安宅なり。義は人の正路なり。安宅を曠しうして居らず。正路を舎てて由らず。哀しいかな」

  仁と義の安宅、正路をむなしうしてものかなはざる哀しいものよ

川本千栄『土屋文明の百首』

垣山にたなびく冬の霞あり我にことばあり何か嘆かむ 『山下水』

<幾重にも重なり合う垣根のような山には冬の霞がたなびいている。私には日本語と言う言葉が、短歌がある。何か嘆くことがあろうか。>

季節は冬だが、春のように霞がたなびいている。「垣山」の垣は、大和の褒め言葉「たたなづく青垣」に基づく。大和(奈良)で詠まれた歌だが、歌の背後にある「大和」は、「日本」全体を指す。私の国日本は戦争に敗れた。しかしまだ自然があり、言葉がある。何も嘆くことなどない。杜甫の「国破レテ山河在リ」に通じながらも、その空しさを超え、深く静かに希望を表わしている。

吾が言葉にはあらはし難く動く世になほしたづさはる此の小詩形 『山下水』

<私の言葉には表せないほど激しく動くこの世の中で、それでもなお関わっているこの小さな詩形、短歌。>

「なほし」の「し」は強調。前年、敗戦直後の九月、文明は川戸から東京青山に出向き、「アララギ」を復刊するために、発行所の焼け跡で編集を始めていた。国の体制は民主主義へと大きく変わり、漢字全廃・ローマ字化の議論が起こるなど日本語も揺れていた。迷っている暇も嘆いている暇もない。この歌が表わすのは、どんな時代になろうとも短歌の関わっていくという意志だ。彼はひたすら現実を見つめる人、意志と実行の人であった。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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