今日は一日曇りらしい。寒い。
女ものの黒き手袋の左のみ路上にありて寒き冬風
女性の手が動きだすやうに人の手の右手と握手す冬のさ中に
誰ひとり拾ほうとせずに冬風に吹かれて立ちあがる摩訶不思議なり
『孟子』離婁章句上75 孟子曰く、「求や季氏の宰と為り、能く其の徳を改めしむる無く、而も粟を賦すること他日に倍せり。孔子曰く、『求は我が徒に非ざるなり。小子鼓を鳴らして之を攻めて可なり』と。此に由りて之を観れば、君仁政を行はずして之を富ますは、皆孔子に棄てらるる者なり。況や之が為に強戦し、地を争ひて以て戦ひ、人を殺して野に盈て、城を争ひて以て戦ひ、人を殺して城に盈つるに於てをや。此れ所謂土地を率ゐて人の肉を食ましむるなり。罪、死に容れず。故に善く戦ふ者は上刑に服し、諸侯を連ぬる者は之に次ぎ、草萊を辟き、土地に任ずる者は、之に次ぐ」
冉求はだめだと孔子言ふ仁政・道徳こそ努むべきもの
川本千栄『土屋文明の百首』
初々しく立ち居するハル子さんに会ひましたよ佐保の山べの未亡人寄宿舎 『山下水』
<初々しく日常の動作をするハル子さんに会いましたよ、奈良の佐保の山辺の未亡人寄宿舎で。>
知人への私心の形を取り、会話体で優しく話しかけている。六・十一・六・七・九の字余りの韻律が、肉声を聞くかのように感じられる。当時のこの口語的発想は他の歌人に大きな影響を与えた。治子さんは、知人の戦死した息子のまだ若い妻。戦争未亡人のための教員養成所で勉強中だった。佐保は春の女神・佐保姫の地。不幸を乗り超え再出発を目指すハル子さんと、佐保姫の姿が重なり、若々しく清新な歌となっている。
時代ことなる父と子なれば枯山に越下ろし向ふ一つ山脈に 『山下水』
<生きる時代の異なる父と子であれば冬枯れの山に腰を下ろし一つの山脈に顔を向ける。>
千葉の大学に通う息子夏実が川戸を訪問した。文明と二人、裏山に登って腰を下ろし、山脈を見ながら語り合っている。父は戦前戦中の軍国主義の思想統制下に、身の安全を願い、忍ぶ生を選んで来た。息子は戦後の新しい時代の思想を知り、己一人にとどまらない生き方を選ぼうとしている。父は時代の限界の中で生きてきたが、子の価値観を、理解できなくても肯定しようとしている。二人の視線は遠い山脈へと向けられている。