寒い、寒い。でも快晴。
あけぼの杉がしっかり冬のすがた見せ朝夕太陽に荘厳したり
けやきの葉もすっかり落ちて無惨なる幹をさらしてやるせなきなり
相変はらず椿は奥の深くして鳥ども隠す見つけ難し
『孟子』離婁章句上76 孟子曰く、「人に存する者は、眸子より良きは莫し。眸子は其の悪を掩ふこと能はず。胸中正しければ、則ち眸子瞭かなり。胸中正しからざれば、則ち眸子眊し。其の言を聴きて、其の眸子を観れば、人焉んぞ廋さんや」
人の言をよく聴きその眸子を観察すれば心の中を隠すことできず
川本千栄『土屋文明の百首』
選び捨てし歌の怨みの積り来てかく吾が足の痛むにやあらむ 『自流泉』
<選歌して捨ててしまった歌の怨みが積もり積もってこのように私の足が痛むのではないか。>
文明が「アララギ」で選歌していた歌の数は非常に多かった。また、文明の選歌は厳選で知られていた。毎月五首の詠草を送っても一首も載らないことも珍しいことではなかった。発奮する者も、不満を持つ者もいただろう。しかし、作者が渾身の力を込めて作った歌でも取れないものは取れないのだ。長時間の執筆や選歌、また年齢のせいで足が痛むと分かっているが、恨まれているのだろうな、という自覚もあるのだ。
李の木の跡に若木を植ゑつげり花に降りかかる今日の日の雨 『自流泉』
<老木となって枯れてしまった李の木の跡に、人は同じ李の若い木を植え継いだのだ。その花に降りかかる今日の日の雨よ。>
文明の故郷上郊村は、疎開地川戸から榛名山を隔てて反対側の麓にあった。ある春の日、彼は故郷を訪れた。四十年以上の歳月が経っていた。祖父や父など良い思い出ばかりの故郷ではないが、老いた彼を覚えていて振り返る人も無い。記憶にあった李の木の跡には若い木が花をつけている。時代が新しくなったことを象徴するかのようだ。花に降る雨の描写が繊細で感傷を誘う。