晴れだが……
稲取
稲取もご多分に洩れず坂の町。駅より海へ傾斜したりき
駅前から送迎バスにおよそ十分けふの宿りの温泉宿へ
部屋に入れば窓いつぱいに海が見ゆ。その明るさに妻と驚く
『孟子』離婁章句上82 孟子曰く、「慮らざるの誉有り。全きを求むるの毀有り」
予期せぬ名誉を得ることあり全きにかえつて毀りあることもある
川本千栄『土屋文明の百首』
議員さんを人気商売と言ふなかれ人気なくなればダッコチャンも売れず 『続々青南集』
<議員さんを人気商売などと言ってはいけない。人気が無くなれば、あの爆発的に売れたダッコちゃん人形だって売れないのだ。>
昭和四十五年七十九歳の「老耄年を迎ふ」より。ダッコちゃんは昭和三十五年の大ヒット玩具で、腕などに抱きつかせる人形だ。ブームは去っていたが、まだ人々の記憶には鮮明だった。この歌は上句と下句に転換があるのがおもしろい。上句で政治家を庇ったかと思えば、下句で人気が無くなればダッコちゃん同様に用済みだよとほのめかす。老耄と自称するが毒舌と諧謔は健在だ。
橙の年を越えたる一つ実を囲む青実も色づきそめつ 『続々青南集』
<橙の、年を越えて色づいた一つの実を囲む。今年の青い実たちも色づき始めた。> 昭和四十八年「窓のそと窓のうち」より。橙は数年分の実が同時に枝に生るため「代々」に繋がり縁起がいい。この木は文明の部屋のすぐ前に植えられ、しばらく実らなかった。この頃から実り始めた。毎日窓から眺めるお気に入りで、たちばなとも呼んでいた。「亡き人は見ゆることなきことわりも散るたちばなの花の下にて」(青南後集)「ただ一つ下れる去年の橙あり木の実は孤独といふこともなく」(同)など次の歌集にも作品が多い。