夜明けが遅い。ゴミ捨ても遅くなる。
矢柄、魴鮄を刺身にてそれぞれの味舌にころがす
地の酒を一盃、二盃。酔ひ気味の妻とかはせばわれも嬉しき
金目鯛の煮物をくづし身と汁をかけて食ふ飯ただただに美味
『孟子』離婁章句上84 孟子曰く、「人の患は、好んで人の師と為るに在り」
人がだめなのは好き好んで人の師になろうとすること
川本千栄『土屋文明の百首』
二人三人の友とありし日少しはしやぎ少女は声に我を呼びにき 『青南後集』
<二、三人の友と一緒にいた日、少しはしゃいで、少女は声に出して私の名を呼んだのだった。>
昭和五十年「少女と姫萩」より。八十四歳の文明は姫萩を見て、七十数年前、この花の咲く道で同級生の少女から名を呼ばれたことを思い出す。教室で隣に座る少女だった。二人は自分の気持ちが何なのか分かっていなかったが、「声に」によってそれを意識する。少女と一緒にいた女の子たちは、文明と少女の仲を噂し始めた。二人の淡い思いは、十四歳での少女の病死によって終わる。少女は、後に妻となるテル子の二歳下の妹だった。
思ひ出よ夏上弦の月の光病みあとの汝をかにかくつれて 『青南後集』
<思い出しておくれ、あの夏の上弦の月の光を。病み上がりのお前をともかく連れて行った日を。>
「汝」は「なれ」。昭和五十年「白雲一日」より。前年、長男の夏実が五十一歳で病没した。あの夏の日、午後の空に浮かんだ上弦の月を思い出しておくれ、と亡きわが子に呼びかけている。大病後の子を連れて遊びに出かけた時の記憶だ。貧しく、質素な食事しかさせてやれなかったから、幼少期の虚弱な体質が残ったのかという悔恨も、同じ連作で歌にしている。白く薄い昼の月が、ひ弱だった幼い頃の息子に重なって思われるのだ。