1月6日(火)

晴れ。寒い。

  (なやま)しく優しきお米に提灯の黒塗りの柄をぷいと差し出す

  十町三方金沢城下の往来に行く人来る人皆見ゆるかな

  就中(なかんづく)、公孫樹は黄にて紅樹、青林、見渡す森は(もみ)(ぢ)を含む

『孟子』離婁章句上63 孟子曰く、「規矩は方員の至りなり。聖人は人倫の至りなり。

君為らんと欲せば君の道を尽し、臣為らんと欲せば臣の道を尽す。二者皆堯舜に法るのみ。舜の堯に事ふる所以を以て君に事へざるは、其の君を敬せざる者なり。堯の民を治むる所以を以て民を治めざるは、其の民に賊する者なり。孔子曰く、『道は二つ、仁と不仁とのみ』と。其の民を暴すること甚しければ、則ち身弑せられ国亡ぶ。甚しからざれば、則ち身危ふく国削らる。之を名づけて幽厲(いうれい)と曰ふ。孝子慈孫と雖も、百世改むること能はざるなり。詩に云ふ、『殷鑒(いんかん)遠からず、(か)(こう)の世に在り』と。此の謂なり」

  孔子曰く道は二つ、仁と不仁のみこれ守らねば国は滅びぬ

川本千栄『土屋文明の百首』

大陸主義民族主義みな語調よかりき呆然として昨夜は聞きたり 『六月風』

<大陸主義も民族主義もみな語調が良かった。人がそれを語っているのを、私はただ呆然として昨夜は聞いたのだった。>

昭和十一年の作。演説か、あるいは知人の話を聞かされたのだろう。日本は、「満州国」を「五族協和」などのスローガンを掲げて独立させた後、益々深く大陸を侵略しようとしていた。その人は時局に乗り、熱く威勢良く語っていたのだろう。「語調よかりき」には「語調はいいが、中身が悪い」という思いが込められる。「呆然として」も同意できない気持ちを示している。

幾度も幾度も催促をせしキング原稿料一首一円送り来ぬ 『六月風』

<幾度も幾度も催促を繰り返した結果、雑誌「キング」は原稿料として短歌一首につき一円を送って来た。>

雑誌「キング」は大正末に創刊され、昭和に入って百万部を超える売り上げを誇った人気雑誌だ。一首一円が高いか安いか現代からは推測しにくいが、この当時、大卒初任給が九十円ということだから、高くはないが、不当なまでに安い訳でもないのだろう。ただ何度も催促しないと原稿料が支払われないのは、作家にとって屈辱的なことだ。自分と短歌という文学が軽く見られた怒りが、「幾度も幾度も」の繰り返しに表れている。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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