1月7日(水)

曇り後、晴れるらしい。

  景色もいいが容子がいいお米に見惚れる提灯屋なり

  お京の墓へ参りし後にもうひとつ参るところ。辻野にはある

  辻野とは心中未遂にはあらざれど同じ時刻に水に入りたり

『孟子』離婁章句上64 孟子曰く、「三代の天下を得るや仁を以てし、其の天下を失ふや不仁を以てす。国の廃興存亡する所以の者も、亦然り。天子不仁なれば、四海を保たず。諸侯不仁なれば、社稷を保たず。卿大夫不仁なれば、宗廟を保たず。士庶人不仁なれば、四体を保たず。今、死亡を悪んで、而も不仁を楽しむは、是れ猶ほ酔ふことを悪んで、而も酒を強ふるがごとし」

  夏・殷・周の三代の始祖よく仁を施せり天下失ふは末帝不仁

川本千栄『土屋文明の百首』

降る雪を鋼条をもて守りたり清しとを見むただに見てすぎなむ吾等は 『六月風』

<降っている雪を鋼条(鉄条網)で囲んで守っていた。それをただ清しいとだけ見よう、ただ見て通り過ぎよう、われら市民は。>

昭和十二年の作。前年に起こった二・二六事件の歌。陸軍の青年将校たちが雪の降る二月二十六日未明、クーデターを起こし、政府の重臣を殺害し、首都の中心部を占拠した。事件の様子を清々しい、清らかと歌うが、それが逆説的に不安や怒りを表わす。もう、一市民にはうかつに物が言えない時代だった。鉄条網に隔てられた向こうを、ただ見て通り過ぎるしかないのだ。

夕光うするる山に手をとりてつつじの花も見えなくなりぬ 『六月風』

<夕方の光が薄れる山で妻の手を取っていた。暗くなってきて周囲のつつじの花も見えなくなった。>

つつじの花が咲く五月、妻を伴って旅行に行った時の歌。夕焼けの光が次第に薄れていくという山という大きな風景と、つつじの咲く花原という小さな風景。その中で手を取って立っている二人。文明四十六歳、妻テル子四十八歳、現在の感覚とは違って、老いを意識する年齢だ。薄れていく夕光に、老いていく自分と妻が重なる。若き日の相聞歌に見られた抒情性を、文明がまだ内に秘めていたことが分かる歌だ。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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