1月8日(木)

寒いけれど、今日も晴れ。

中沢新一『古代から来た未来人 折口信夫 増補新版』を読む。中沢の折口愛が伝わる。折口にもっと近い所に居て、私には十分には持てなかった折口愛。それが溢れている。特に戦後の神道論の解析、主張が、巧く捉えられていておもしろい。折口は本気だったのだと改めて思う。それが今の神道界には、何一つ実現していないし、反対方向へ動いている。折口論としてよきものである。

  寂しき美しきをみなは花の雲から下りて宙にただよふ

  二十(はたち)の日に死の(ふち)に辻町は(こら)へたるにその夜千ヶ淵に沈みし女

  卑怯未練の若き日恥ぢて辻町糸七けふ燈籠寺に詣で来にけり

『孟子』離婁章句上65 孟子曰く、人を愛して親しまずんば、其の仁に反れ。人を治めて治まらずんば、其の智に反れ。人を礼して答へずんば、其の敬に反れ。行うて得ざる者有れば、皆(これ)を己に反求す。其の身正しければ天下之に帰す。詩に云ふ、『永く(ここ)に命に配し、自ら多福を求む』と。

  詩経に云ふ「永くここに従ひて行動し多福を求む」

川本千栄『土屋文明の百首』

人すてて去りたる炎守りつつ時ありき潮の高くなるまで 『少安集』

<人が捨てて去って行った炎を守りながらしばらくの時間があった、潮の高くなるまで。>

「十二月某日」より。この歌の状況は連作から、次のようなものと分かる。まず海辺の岩の間に誰かが小さな焚き火をしていたが、その人が火を捨てて去った。見ていた自分は近づき、炎を守ってしばらく時を過ごした。その後、潮が高くなっていった、というものだ。実際の風景だろう。冬の海の、暗く荒涼とした浜辺だ。ただの風景というだけでなく、人が捨てた小さな大切なものを、自分が拾って守っていたことの譬喩とも読める。

(そうだろうか。連作といえど一首の完成度がもっと問われていいのではないか。)

もろ人の戦ふ時に戦はず如何にか待たむ新しき世を 『少安集』

<全ての人が戦う時に戦わず、如何に(どのようにして)待つのだろうか、新しい世の中を>    昭和十三年の歌。前年、盧溝橋事件が起こり、日本と中国は日中戦争と呼ばれる戦争に突入した。この歌は、戦わずに待つことはできない、戦うべきだと思いつつ、戦えないならどう待つのかと自問している。戦争の大義に乗り切れない者の逡巡だ。この時期、文明は、短歌に打ち込むのと同様、万葉関係の研究に打ち込んでいる。万葉集の研究こそが自分のするべき戦いだ、という思いが一首の背後にあったのではないか。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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