曇りだが、雨が降ってくるような。
雨、雨、雨、そして雨……一日中雨が降る。またまた雨なり
雨のため湿度も高しわがからだをおさへこむやうに低気圧が通る
雨の日はどんよりとして心晴れぬ老いたるわれなりを動かせず
『孟子』公孫丑章句32 孟子曰く、「伯夷は其の君に非ざればへず。その友に非座れば友ともせず。悪人のに立たず。悪人と言はず。悪人の朝に立ち、悪人とふは、を以て塗炭に坐するが如し。悪を悪無の心をすに、をと立ちて、其の冠正しからざれば、望望然として之を去り、将にされんとするがく思ふ。是の故に、諸侯其の辞命を善くして至る者有りと雖も受けざるなり。是れ亦就くをしとせざるのみ。
伯夷は己のつかへるべき主君でなければ仕へざる悪ある朝には潔しとせず
林和清『塚本邦雄の百首』
黑葡萄しづくやみたり敗戰のかの日より幾億のしらつゆ 『魔王』(一九九三)
長年の好敵手・岡井隆が宮中歌会始の選者となり歌集『宮殿』(一九九一)を上梓したことを意識し、塚本は歌の魔王となる道をあえて選択したのだ、という藤原龍一郎の指摘がある。確かに塚本の覚悟が定まったような気迫をこの『魔王』からは感じることができる。
巻頭のこの歌は斎藤茂吉「沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ」(『小園』一九四九)への反歌であろう。茂吉が悲痛な思いで詠んだ雨を「しづくやみたり」という塚本。半世紀幾億の涙が流されても人間は戦争を止めない。この歌の製作時に、湾岸戦争が勃発した。
父よあなたは弱かつたから生きのびて昭和二十年春の侘助 『魔王』
『魔王』の跋は長文で充実した内容である。そこで創作の主題は「詩歌の探求」「人生と世界への問ひかけ」であり、その核に<>がある、と明記する。「記憶になまなましい軍國主義と侵略戦争」「地球は滅びるといふ豫感」が通奏低音となっていると言う。
これは歌集から読み取れることであり、わかりやすい言挙げのようだが、あえて書きたかったのだろう。ただこの時期、先行する詩句のもじりやパロディで成立している歌が多すぎるように思う。多作は塚本の信条であったが、言葉の量で圧す方法には疑問が残る。