曇りと言うが、時々小さな雨。
この間まで九月であつたがもう十月、時の速さに驚くばかり
この年もあと三か月を残すのみ何なし得たか悔やむばかりぞ
このやうに時の推移を速やかと感ずるも老い、老い深くなるか
『孟子』公孫丑章句下33 孟子曰く、「天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず。
戦ぎに天候・時日、地形の利、そして人の和あれば及び難し
林和清『塚本邦雄の百首』
あぢさゐに腐臭ただよひ 日本はかならず日本人がほろぼす 『風雅黙示録』
一時期〝短歌滅亡論〟の歌が多かった塚本邦雄。しかし現在も短歌は詠まれ、若い世代にブームさえ巻き起こしている。これを塚本は嘉するのか、それとも「こういう滅び方もある」と瞑目するのだろうか。
この時期には国の滅びに関する歌が多い。塚本は社会詠を状況的に詠うことはなく、人間の業の集積として国内外の情勢を捉えようとする。その時見えてくるのは、必ずまた過ちを起こしてしまう人間の愚かさである。政治は腐敗し、世情殺伐とした現在の日本が向かう先を塚本は予見していたのだ。
椿一枝ぬつと差出し擧手の禮嚇かすなこの風流野郎 『汨羅變』(一九九八)
中国湖南省北東部を流れる汨羅江。詩人の屈原が、国を憂い投身した所として知られる。塚本邦雄は屈原の「離騒」に大きな影響を受け、常にその悲調が心底に流れる、と言う。汨羅を題材とした歌を多く詠み、歌集名にも「變」を付して採用した。
跋は「風流野郎に献ず」と題されていて、この歌の主人公は相当塚本好みの人物像のようである。近畿大学教授就任以来、戦争により失われた青春を取り戻すかのように、講義にも学生との交流にも情熱を注いでいた。風流野郎と呼びたくなる学生もいたのだろう。