10月30日(木)

寒いけれども晴れ。

『この道』に続けて遺作になる古井由吉『われもまた天に』を読んだ。たしかに死を見ているが、動きは生の側にあるようで、あらためて死の存在が恐ろしいものに思われた。しかも、足のふらつきから転倒した、その夜にこの一冊を読み終えたのだ。右腕が痛く、ままならぬ中、それこそ「われもまた天に」のようなそう遠くない時を思ってびびっているのでもある。

  公園の西と東に金木犀。甘き香りの充満したり

  ことしは金木犀に花つかずと言いしそばから香り來るなり

  この甘き香りにいつもの死者を思ふ三十年たてど君をおもふ

『孟子』公孫丑章句下34-4 景子曰く、「否。のに非ざるなり。礼に曰く、『父召せばする無し。君命じて召せばするを俟たず』と。よりにせんとするなり。王の命を聞いて遂に果たさず。んどの礼と相似ざるが若く然り」と。曰く、「豈是を謂はんや。曾子曰く、『晋楚の富は、及ぶ可からざるなり。彼は其の富を以てし、我は吾が仁を以てす。彼は其の爵を以てし、我は吾が義を以てす。吾何ぞせんや』と。夫れ豈不義にして曾子之を言はんや。是れ或ひは一道なり。天下に三有り。爵、、徳一。朝廷は爵にくは莫く、郷党は歯に如くは莫く、世を輔け民に長たるは徳に如くは莫し。んぞ其の一を有して以て其の二を慢るを得んや。

  爵・歯・徳三つの中で一つを得以て二つを慢るなかれ

林和清『塚本邦雄の百首』

皐月待つことは水無月待ちかぬる皐月待ちゐし若者の信念 歌集未収録最晩年作

葬儀委員長の篠弘により、告別式にて発表された辞世である。最晩年の歌は言葉が繰り返される傾向が顕著。この歌も言葉の意味はわかっても歌意は取りにくい。島内景二の解釈では、「こと」を「ごと」として「五月を待つようには六月を待つことはない」とするのだが、一理ある。下の句は、歌に執し続けて来た自らを、出発時の若者の姿として見ているのであろう。その信念が生涯という貫かれて来たことは間違いない。

塚本邦雄は平成一七年(二〇〇五)六月九日に永眠した。他界では杉原や政田や慶子夫人らが頬笑んで迎えてくれたことだろう。

これで『塚本邦雄の百首』は終る。しかし巻末に「塚本邦雄の血のあと」として、渾身の解説が付いている。そこでは、最近の若い世代の「フラットな読み方」に反意をもって、「塚本邦雄というひとりの人物が存在し、試行錯誤の果てに苦しんで世に問うた作品は、やはりその時々に流した血にあとが見えるものであろうし、必然的に生み出されたものに違いない」と言う。その上で「杉原一司の存在」、「初句七音をめぐる見解」、「変とは何だったのか」、「塚本パラドックスと晩年の姿」と章を分けて論じている。その上で、最後「塚本邦雄はやはり真の文学者であったと思う。その人とめぐり逢い師事できたことは、私の人生において無上の幸福であった」と熱い礼讃がある。ちょっと泣けるではないか。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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