寒い。ずっと曇り。
鳩どもがマンション、隣のマンションをも領するごとく翔び回りけり
羽を落し九階の廊下にも来るような素振りを見せて屋上へ行く
屋上と隣のマンションのエレベーターの窪み鳩の居場所なり
『孟子』公孫丑章句下42-2 陳子、時子の言を以て孟子に告ぐ。孟子曰く、「然り。夫の時子悪んぞ其の不可なるを知らんや。如し予をして富を欲せしめば、十万を辞して万を受けん。是れ富を欲するを為さんや。季孫曰く、『異なるかな子叔疑。己をして政を為さしむ。用ひられざれば則ち亦已まん。又其の子弟をして卿為らしむ。人亦孰か富貴を欲せざらんや。而して独り富貴の中に於て、龍断を私する有り」と。
孟子が言ふもしわれが富を欲せば十万を辞して万余を受ける可し
藤島秀憲『山崎方代の百首』
焼酎の酔いのさめつつ見ておれば障子の桟がたそがれてゆく 『右左口』
「障子の桟がたそがれてゆく」を実際の景色と読めば、日の暮れになり酔いが覚めて来たということになる。飲んでしまったことへの悔いを表わしているとも読める。障子の桟は自分の心の内に在る。ボロボロに破れた心の中の障子、たそがれやすい障子だ。
答はない。私は、自分のその時の気分を反映させて、実際の障子として読んだり、心の中の障子と読んだりしている。つまり、方代の歌は読者のその時の気分に沿えるだけの柔軟性を持っている。読みを楽しみ、遊ばせてくれる。読者にやさしい歌なのだ。
ねむれない冬の畳にしみじみとおのれの影を動かしてみる 『右左口』
方代は実に多くの人に支えられていた。親しみやすい人柄が幸いしたのだろう。金がなくなれば小遣いくれた鎌倉瑞泉寺の大下豊道和尚。自宅の敷地内に四畳半の家を建てて住まわせてくれた鎌倉飯店店主の根岸侊雄。名前をあげればキリがない。
歌われている畳は根岸が建てた家。五十七歳の方代が得た終の棲家だ。まさか畳がるとは、まさか電気が通っているとは、思ってもみなかった。
「畳にしみじみとおのれの影を動かし」て、還暦近くに得た幸せを噛みしめている。