11月26日(水)平塚美術館へ・北澤映月展。

快晴。

梓澤要『あかあかあかや月 明恵上人伝』を読む。もっとも興味のある明恵についての小説。読まずにはいられなかった。満腹だ。充分であった。明恵の従者イサの視線を中心にして描かれているが、強い説得力がある。「あかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月」ですな。こんな歌もある。

  華宮殿を空に浮かべてのぼりけむそのいにしへを映してぞみる

  むらさきの雲の上にぞ身をやどす風に乱るゝ藤を下にて

  仙のことなど少しも知らぬが仙人に憧れて吉野の山をさすらふ

  さくら散る奥千本に会ひにける鬼の末裔われかも知れず

  顎髭を風に吹かれて登りゆきたちまち飛ぶか飛鳥上空

『孟子』縢文公章句49-2 是の故に賢君は、必ず恭倹(きようけん)にして(しも)を礼し、民を取るに制有り。(やう)(こ)曰く、『富を為せば仁ならず。仁を為せば富まず』と。(か)(こう)(し)は五十にして(こう)し、殷人(いんひと)は七十にして(じよ)し、周人(しうひと)は百(ぼ)にして徹す。其の実は皆(じふ)の一なり。徹とは徹なり。助とは(しや)なり。龍子(りようし)曰く、『地を治むるは助より善きは莫く、貢より善からざるは莫し』と。貢とは数歳の(ちゆう)(かう)して以て常と為す。(らく)(さい)には(りふ)(べい)(らふ)(れい)す。多く之を取るも(ぎやく)と為さざるに、則ち(すくな)く之を取る。凶年には其の田に糞するも足らざるに、則ち必ず取り盈たす。民の父母と為りて、民をして盻盻(けいけい)(ぜん)として、(はた)終歳(しゆうさい)勤動(きんどう)するも、以て其の父母を養ふを得ざらしむ。又称貸(しようたい)して之を益し、老稚をして溝壑に転ぜしむ。(いづく)んぞ其の民を父母為るに在らんや。

  凶年も同じく貢を取りたるは賢君の取る道にはあらず

藤島秀憲『山崎方代の百首』

あかあかとほほけて並ぶきつね花死んでしまえばそれっきりだよ 『こおろぎ』

原色を好んで使った方代。中でも赤がダントツに多い。しかも鮮烈な、いや強烈な赤だ。

きつね花とは彼岸花の別称。彼岸花には別称がたくさんあり、千近くあるのではないかという説もある。死人花、地獄花、捨子花……そして曼殊沙華。この歌にはやはり「きつね花」が合う。

きつねが列をなして並んでいる雰囲気が一瞬あたたかな空気を生む。だが、それも束の間。「死んでしまえばそれっきりだよ」と突き放される。「それっきり」と思えば生きることに執着がなくなる。

一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております 『こおろぎ』

赤が続く。晩秋から冬にかけて赤く色づく果実。

「一度だけ本当の恋」で思い出すのは広中淳子。方代がたった一度だけ彼女に会ったのは一月の半ば。だから、南天の実の時期に合う。

訪れた広中宅に南天が実っていたのか。方代が南天を見たのは淳子の病室に通される前か、それとも出て来た時か。すなわち、失恋前か失恋後か。その時に見た赤い実が今も忘れられない。なんとも悲しい歌。

打ち明けるような口語文体で軽く歌ったことが、いっそう悲しくさせる。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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