晴れている。
散歩するに相次ぎ次に抜かれゆくその後背を追ふ懸命に歩く
通勤する人に紛れて歩みゆく厚木駅までに幾人に越され
六時過ぐるとたちまち駅への道をゆくサラリーマンの数多きなり
『孟子』縢文公章句上49-3 夫れ禄を世々にするには、縢固より之を行へり。詩に云ふ、『我が公田に雨ふり、遂に我が私に及べ』と。惟助のみ公田有りと為す。此に由りて之を観れば、周と雖も亦助するなり。庠序学校を設け為して、以て之を教ふ。庠とは養なり。校とは教なり。序とは射なり。夏に校と曰ひ、殷に序と曰ひ、周に庠と曰ひ、学は則ち三代之を共にす。皆人倫を明らかにする所以なり。人倫上に明らかにして、小民下に親しむ。王者起る有らば、必ず来りて法を取らん。是れ王者の師と為るなり。詩に云ふ、『周は旧邦なりと雖も、其の命維れ新たなり』と。文王の謂なり。子力めて之を行はば、亦以て子の国を新たにせん」と。
庠・序・学・校など設け民に教ふればこれ新たなり
藤島秀憲『山崎方代の百首』
私が死んでしまえばわたくしの心の父はどうなるのだろう 『こおろぎ』
口語で呟くように歌ったことで、嘆きがいっそう身にしみる。作られた思いではなく、心の中から零れ落ちた思いという感じがする。
父は歴史に名を残すような人ではなかった。今となっては方代の記憶の中にしか存在しない。この世に父が生きた証しは方代の死とともに消えてしまう。
だがそれって特別なことではなく、過去に生きた人々の九十九・九九九パーセントの人は、誰かの死をもってもう一度死ぬ。本当に死ぬ。私の中にも父がいるが、私が死ねば知る人はいなくなる。
ひとびとは黙って顔を見合わせてそして帰っていってしまった 『こおろぎ』
歌人としての知名度が高まるにつれ、雑誌や新聞の取材を受けるようになった。そうなると、方代の棲家を一度は見たいという人が現れることになり、結果、この歌の次第となる。「素敵なお住まいで」とは言えない暮らしぶり。
細かいことは何も歌っていないが、場面が鮮明に思い浮かんで来る。期待の表情がたちまちに戸惑いに変わり、困ったように「帰りましょうか」と目で合図しあう「ひとびと」。
方代の省略技術には目を見張るしかない。(なるほど。うん)