晴れ、晴れ、晴れているが、寒いのだ。
梅崎春生『怠惰の美学』を読む。エッセイなんだか小説なんだか、とにかく面白い。「怠惰」がいいのか、悪いのか。人間の本性、つまりお前はどうだと問われているような塩梅。なんだ、この清爽感は。
水仕事すれば小便したくなる節理といへどやるせなきもの
ベルトを外しズボンずり下げ、ヒートテック、パンツも下げて小便をする
いつのまにか和製便器から洋便器へ小便も座る。大便と変らず
『孟子』縢文公章句上49-5 卿以下必ず圭田有り。圭田は五十畝。余夫は二十五畝。死徒郷を出づる無く、郷田井を同じくし、出入相友とし、守望相助け、疾病相扶持せば、則ち百姓親睦せん。方里にして井す、井は九百畝。其の中公田為り。八家皆百畝を私し、同じく公田を養ふ。公事畢りて、然る後敢て私事を治む。野人を別つ所以なり。此れ其の大略なり。若し夫れ之を潤沢せんは、則ち君と子とに在り」と。
井田は一理四方を土地を分け公田をかこむ八家となす
藤島秀憲『山崎方代の百首』
午後六時針垂直に水甕の水の面にとどまりにけり 『こおろぎ』
壁時計の針である。午後六時の長針と短針は垂直に一本になる。それをそのまま描くのではなく、水甕の水に映して描いた構造が見事。一分足らずの短い出来事なのだが、なにか大切な時間であるかのように「とどまり」という動詞を使う。街に飲みに出ようかと迷う時間なのかもしれない。
初出は昭和五十二年の「山梨日日新聞」。「水甕」が「水がめ」。「面」が「おもて」、「とどまりにけり」が「指して下れり」。歌集に入れるにあたり直していて、結句の推敲は成功している。方代は推敲の人だ。
北斎は左利きなり雨雲の上から富士を書きおこしたり 『こおろぎ』
葛飾北斎が左利きだったという確証はない。ましてや「雨雲の上から富士を書きおこし」たということも確認の仕様がない。そもそも北斎が右利きか左利きかなんて考えた人がいるのだろうか。
でも、北斎の絵を観ていた(もしかすると観ていないのかも知れないが)方代は、はたと気づいてしまったのだ。突拍子もない空想なのだが、変に納得してしまう。
「なり」「たり」と二回の断言。有無を言わさない文体が、この歌を方代ならではの北斎論にしている。北斎は方代によって秘密を見抜かれてしまった?