寒いのだが、晴れ。
追ひこされ、また追ひ越され、追ひこさる。情けなし、今のわたしの歩み
公園の先のあたりを目標に定めたりしも三人に越さる
どうしてもスピードがでないわが歩み。わづかの傾斜に躊躇したりき
『孟子』縢文公章句上50-10 今や南蛮鴃舌の人、先王の道を非とす。子、子の師に倍いて之を学ぶ。亦曾子に異なれり。吾幽谷を出でて喬木に遷る者を聞く。未だ喬木を下りて幽谷に入る者を聞かず。魯頌に曰く、『戎狄は是を膺ち、荊舒は是れ懲らす』と。周公方に且つ之を膺つ。子は是を之れ学ぶ。亦善く変ぜずと為す」と。
藤島秀憲『山崎方代の百首』
鎌倉の裏山づたいをてくてくと仕事のように歩きおりたり 『迦葉』
読まれることを常に意識していた方代は、読者サービスを日頃から行っていた。読者に喜んでもらう、その精神を貫いた歌人人生、「歌人が仕事」という信念を基に歌い続けた。
「てくてくと」を使える歌人は方代くらいしかいないだろう。語り掛けるような言葉の中に、ごくごく自然に埋め込み、ちょっぴり寂しくも楽しいオノマトペとして機能させている。「おり」を使い、或るく自分を突き放して見た上で「たり」と文語で締める。何気ない、誰でも作れそうな歌だから余計に多くの技が秘められている。
くちなしの白い花なりこんなにも深い白さは見たことがない 『迦葉』
読めば目の前にくちなしの白い花が広がる。「こんなにも」と讃嘆して、絶賛する。くちなし讃歌。
でも本当にそれだけなのだろうか。どうも違うような心持になっている。白を畏れ、白を疑う気持が私には見えてしまうのだ。そもそも、白さと匂いで存在を示し過ぎるくちなしを方代は好んでいない気がする。とすると、この歌は褒め殺しか。くちなしを褒め殺しても仕方ないので、目立つ花ばかりに気を取られている人への皮肉。私は目立たない花ばかり見て来ましたので、今回初めてくちなしに気づいた次第でございます、と。