今日は起きるのが少し遅かった。天気だ。
焼津小泉八雲記念館
八雲さんのスタンプを押す少しの間妻の表情、真顔・しんけん
八雲・セツの細かき書字の手紙読むお互ひを思ふ心に触れむ
『孟子』縢文公章句下53 景春曰く、「公孫衍・張儀は、豈誠の大丈夫ならずや。一たび怒りて諸侯懼れ、安居して天下熄む」と。孟子曰く、「是れ焉んぞ大丈夫と為すことを得んや。子未だ礼を学ばざるか。丈夫の冠するや、父之に命ず。女子の嫁するや、母之に命ず。往きて之を門に送り、之を戒めて曰く、『往きて女の家に之き、必ずや敬ひ必ず戒め、夫子に違ふこと無かれ』と。順を以て正と為す者は、妾婦の道なり。天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行く。志を得れば民と之に由り、志を得ざれば独り其の道を行ふ。富貴も淫する能はず、貧賤も移す能はず、威武も屈する能はず。此を之れ大丈夫と謂ふ」と。
藤島秀憲『山崎方代の百首』
このようになまけていても人生にもっとも近く詩を書いている 『迦葉』
ここからは最後の年、昭和六十年に発表された作品。
前年の十二月に自宅近くの診療所で肺がんと診断され、年が変わって一月十一日に藤沢市民病院に入院、五月二十五日に退院するまで長い病院生活を送る。
上句で自嘲、下句で自負。自身の人生を振り返って歌う。さんざん自嘲を歌って来た方代が最後になって堂々と「人生にもっとも近く詩をかいている」と宣言する。「書いてきた」と過去形にしなかったのは、生きていたい、まだまだ書きたいことがたくさんあるという思いであろう。
一片のレモンをふくみ手術後の口を漱ぎぬ生き返りたり 『迦葉』
肺がんの摘出手術を受けたのは三月十八日。
四句までの清廉なイメージと格調高い調べは、方代が持つ詩情が最大限に発揮されたもの。万感の思いがこもる「生き返りたり」と相まって名歌と呼んで良い一首だ。
この歌の一首前に置かれた<一粒のジャムの甘さが絹糸のごとく体をかけめぐりたり>もまた美しく繊細な作品。自分の命と体を事細かく見て感じていることが伝わってくる。
手術のあと方代は放射線治療に入る。