12月24日(水)

またまた寝坊、雨だ。雨だ。寒い。

  大学の同級生の死の知らせしかも彼女は自裁と告ぐる

  その夫の連絡先を知りたれど勇気なしその死を問ふこと

  理由あれどせめてもの思いはあの世こそ明るかるらむ

『孟子』縢文公章句下56-3 臣たるを(おも)はざる(ところ)有り。東征して(そ)の士女を(やす)んず。(そ)玄黄(げんくわう)(はこ)にし、我が周王に(せう)して休を見、惟れ大邑(たいいふ)周に(しん)(ぷ)す。其の君子は玄黄を匪に(み)てて、以て其の君子を迎へ、其の小人は簞食壺漿(たんこしやう)して、以て其の小人を迎ふ。民を水火の中より救ひ、其の残を取るのみ。大誓に曰く、『我が武(こ)れ揚がり、之が(さかひ)を侵す。則ち残を取り、殺伐用て張る。湯に(おい)て光在り』と。王政を行はずして(しか)云ふ。苟も王政を行はば、四海の内、皆首を挙げて之を望み、以て君と為さんことを欲せん。斉・楚大なりと雖も、何ぞ畏れん」と。

  湯・武のごとく王政を行なへば皆君を仰ぎ主君と見なす

川本千栄『土屋文明の百首』

ただひとり吾より貧しき友なりき金のことにて交絶てり 『往還集』

〈その人は、友達の中でただ一人、私より貧しいひとであった。金のことが原因で絶交したのだった。〉

人間心理の襞を仮借なく描き出すこの歌には、自然主義文学の影響が感じられる。特に金銭が絡む醜さの赤裸々な表現は、それまでの短歌にあまり例がない。文明短歌の特徴の一つであろう。この次の歌「吾がもてる貧しきものの卑しさを是の人に見て堪えがたかりき」も同時に味わいたい。自分の持っているのと同じ嫌な面をその人が持っていて、それを見せられのが耐えられなかった、と鋭く心理に切り込んでいる。

合歓の花の彼方の海に入らむ日や汽車とまり処に汽車とどまれり 『往還集』

<合歓の花が咲き連なり、その彼方に海が見える。その海に今、沈もうとしている日よ。駅には乗って来た汽車が停車している。>

前方には静かな海に沈む日、後方の駅には停車している汽車。大自然と近代的な汽車を合わせて歌う。「日や」と上句で感動を強調、背景になる下句では、「駅」を「汽車とまり処」と表現し、ほぼ同じ音の繰り返しで韻律を整える。目に浮かぶ景色も耳に響く調べも美しい。大正十五年「谷浜にて」より。当時、新潟県の谷浜を通る旧北陸本線は、今より海岸線近くを走っていた。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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