またまた寝坊、雨だ。雨だ。寒い。
大学の同級生の死の知らせしかも彼女は自裁と告ぐる
その夫の連絡先を知りたれど勇気なしその死を問ふこと
理由あれどせめてもの思いはあの世こそ明るかるらむ
『孟子』縢文公章句下56-3 臣たるを惟はざる攸有り。東征して厥の士女を綏んず。厥の玄黄を匪にし、我が周王に紹して休を見、惟れ大邑周に臣附す。其の君子は玄黄を匪に実てて、以て其の君子を迎へ、其の小人は簞食壺漿して、以て其の小人を迎ふ。民を水火の中より救ひ、其の残を取るのみ。大誓に曰く、『我が武惟れ揚がり、之が彊を侵す。則ち残を取り、殺伐用て張る。湯に干て光在り』と。王政を行はずして爾云ふ。苟も王政を行はば、四海の内、皆首を挙げて之を望み、以て君と為さんことを欲せん。斉・楚大なりと雖も、何ぞ畏れん」と。
湯・武のごとく王政を行なへば皆君を仰ぎ主君と見なす
川本千栄『土屋文明の百首』
ただひとり吾より貧しき友なりき金のことにて交絶てり 『往還集』
〈その人は、友達の中でただ一人、私より貧しいひとであった。金のことが原因で絶交したのだった。〉
人間心理の襞を仮借なく描き出すこの歌には、自然主義文学の影響が感じられる。特に金銭が絡む醜さの赤裸々な表現は、それまでの短歌にあまり例がない。文明短歌の特徴の一つであろう。この次の歌「吾がもてる貧しきものの卑しさを是の人に見て堪えがたかりき」も同時に味わいたい。自分の持っているのと同じ嫌な面をその人が持っていて、それを見せられのが耐えられなかった、と鋭く心理に切り込んでいる。
合歓の花の彼方の海に入らむ日や汽車とまり処に汽車とどまれり 『往還集』
<合歓の花が咲き連なり、その彼方に海が見える。その海に今、沈もうとしている日よ。駅には乗って来た汽車が停車している。>
前方には静かな海に沈む日、後方の駅には停車している汽車。大自然と近代的な汽車を合わせて歌う。「日や」と上句で感動を強調、背景になる下句では、「駅」を「汽車とまり処」と表現し、ほぼ同じ音の繰り返しで韻律を整える。目に浮かぶ景色も耳に響く調べも美しい。大正十五年「谷浜にて」より。当時、新潟県の谷浜を通る旧北陸本線は、今より海岸線近くを走っていた。