12月25日(木)

何だっただろう。

  おほかたは信じざれども朝起くれば枕の横にプレゼントあり

  少年の願ひを聞きてそのとほりプレゼント届く貧窮の家にも

  鶏の足に喰らひつくなりクリスマスソングを聞きつつ

『孟子』縢文公章句下57 孟子 (たい)不勝に謂ひて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫(たいふ)有らんに、其の子の斉語せんことを欲すれば、則ち斉人をして(これ)(ふ)たらしめんか。楚人をして緒に傅たらしめんか」と。曰く、「斉人をして之に傅たらしめん」と。曰く、「一斉(いつせい)人之に傅たるも、衆楚人之を(きう)せば、日に(むちう)ちて其の斉たることを求むと雖も得可からず。引いて之を荘・岳の間に置くこと数年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦得可からず。子、(せつ)居州(きよしう)を善子と謂ひ、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼(ひ)(そん)、皆薛居州ならば、王は誰と与にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と与にか善を為さん。一薛居州、独り宋王を如何せん」と。

  薛居州たつだ一人の力では何ともしがたし宋王のこと

川本千栄『土屋文明の百首』

死病ならば金をかくるも勿体なしと父の云ふことも道理と思ふ 『往還集』

<どうせ死ぬ病気なら治療する金がもったいない、と父の言うことも道理にかなっていると思う。>

文明の父は事業に失敗し、故郷の家と田畑を売り払って上京。米屋を営んでいたが、震災に遭い、バラック住まいだった。病気が見つかり急いで文明を呼ぶが、話題は金を惜しむことだ。自分の父ならそう言いそうだし、確かにもったいないと文明も思う。治療して少しでも長生きをと望むようでもない。肉親と自分を、非情な突き放した視線で描いた一首。文明は父への複雑な愛憎を多くの歌にしたが、父に似た自分にも苛立っている。

かはるがはる幼き二人おぶひつつ登る峠に夏雲雀なく 『往還集』

<幼い二人の子供を代わる代わる負ぶってやりながら、峠に登った。峠には夏雲雀が揚がり鳴いている。>

昭和三年「伊香保榛名」より。故郷に近い榛名山麓の温泉地、伊香保への旅の一場面。この時期には、東京に妻子を呼び寄せ一緒に暮らし始めており、次女と三女も生まれていた。この歌の二人は当時六歳と四歳の長男長女だ。幼くてすぐに疲れたり歩くのに飽きたりするので、おんぶしてやる。子煩悩な面が素直に出ている明るい歌だ。

緑の夏山に、高く揚がる雲雀の声が響く。大きな自然の中での、親子の楽しいひとときだ。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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