何だっただろう。
おほかたは信じざれども朝起くれば枕の横にプレゼントあり
少年の願ひを聞きてそのとほりプレゼント届く貧窮の家にも
鶏の足に喰らひつくなりクリスマスソングを聞きつつ
『孟子』縢文公章句下57 孟子 戴不勝に謂ひて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の斉語せんことを欲すれば、則ち斉人をして緒に傅たらしめんか。楚人をして緒に傅たらしめんか」と。曰く、「斉人をして之に傅たらしめん」と。曰く、「一斉人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、日に撻ちて其の斉たることを求むと雖も得可からず。引いて之を荘・岳の間に置くこと数年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦得可からず。子、薛居州を善子と謂ひ、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と与にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と与にか善を為さん。一薛居州、独り宋王を如何せん」と。
薛居州たつだ一人の力では何ともしがたし宋王のこと
川本千栄『土屋文明の百首』
死病ならば金をかくるも勿体なしと父の云ふことも道理と思ふ 『往還集』
<どうせ死ぬ病気なら治療する金がもったいない、と父の言うことも道理にかなっていると思う。>
文明の父は事業に失敗し、故郷の家と田畑を売り払って上京。米屋を営んでいたが、震災に遭い、バラック住まいだった。病気が見つかり急いで文明を呼ぶが、話題は金を惜しむことだ。自分の父ならそう言いそうだし、確かにもったいないと文明も思う。治療して少しでも長生きをと望むようでもない。肉親と自分を、非情な突き放した視線で描いた一首。文明は父への複雑な愛憎を多くの歌にしたが、父に似た自分にも苛立っている。
かはるがはる幼き二人おぶひつつ登る峠に夏雲雀なく 『往還集』
<幼い二人の子供を代わる代わる負ぶってやりながら、峠に登った。峠には夏雲雀が揚がり鳴いている。>
昭和三年「伊香保榛名」より。故郷に近い榛名山麓の温泉地、伊香保への旅の一場面。この時期には、東京に妻子を呼び寄せ一緒に暮らし始めており、次女と三女も生まれていた。この歌の二人は当時六歳と四歳の長男長女だ。幼くてすぐに疲れたり歩くのに飽きたりするので、おんぶしてやる。子煩悩な面が素直に出ている明るい歌だ。
緑の夏山に、高く揚がる雲雀の声が響く。大きな自然の中での、親子の楽しいひとときだ。