12月8日(月)太平洋戦争(大東亜戦争)始まりの日。真珠湾攻撃。忘れてはならない日である。

よく晴れている。

  背黒鶺鴒が小刻みなる歩み止めたり草を咥へてわれから離る

  わが前を背黒鶺鴒歩むなり飛ぶこともなく離りゆくなり

  おそらくは背黒鶺鴒の仲間だらう欅黄葉の中から声す

『孟子』縢文公章句上50-8 吾夏を用て(い)を変ずる者を聞く。未だ夷に変ぜらるる者を聞かざるなり。陳良は楚の産なり。周公・仲尼の道を悦び、北のかた中国を学ぶ。北方の学者、未だ之に先んずる或る能はず。彼は所謂豪傑の士なり。子の兄弟(けいてい)、之に事ふること数十年、師死して遂に之に(そむ)く。

藤島秀憲『山崎方代の百首』

不二が笑っている石が笑っている笛吹川がつぶやいている 『迦葉』

遺歌集とは言っても死去を受けて企画されたものではなく、生前から作成は決まっていて、方代も病床で完成を待ち望んでいた。だから間に合わなかった最後の歌集ということになる。

六十六歳から七十歳までの歌が収められている。清く澄んだ歌が多い。方代が持ち続けていたセンチメンタルでロマンチックな特質が、大らかなユーモアに縁どられ、ゆるやかな言葉づかいによって読者に差し出される。

ふるさとを象徴する不二と笛吹川に加え「石」を置く。「石」はきっと方代自身。笑えていることにホッとする

死ぬ程のかなしいこともほがらかに二日一夜で忘れてしまう 『迦葉』

「忘れてしまう」は願望だろう。忘れられれば良いのに、しかも「ほがらかに」。

でも叶わぬこと。叶わぬ思いが歌われている。「死ぬ程のかなしいこと」の悲愴感と「ほがらかに二日一夜で忘れてしまう」の冗談めかした物言い、まったく正反対のものを咬み合わせても違和感がないのは、方代のキャラクターがあってのこと。キャラクター作りに勤しんだ成果と言えるだろう。

短歌はキャラクターを歓迎しない風潮がある。詠み人知らずでも良い歌は良いという言葉さへ時に聞く。キャラターを作り上げる大切さを方代短歌は教えてくれる。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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