2月11日(水)紀元節、なんだか怪しい。建国記念日、これもあやしい。

折口信夫の誕生日である。(一三九歳になる勘定だ)

朝から雨。そして寒い。

中村屋をエレベーターで一階に歩いて新宿駅に繋がるエスカレーター

  特急券を買おうにも朝の事故のため故障中なり

  またまた快速急行に海老名まで行き一駅厚木へれば

『孟子』離婁章句下94 孟子曰く、「君 仁なれば仁ならざること莫く、君 義なれば義ならざること莫し」

  君が仁であり義であれば一国みな仁・義に帰さぬことなし

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

釈迦の月は隠れにき (じ)(し)の朝日はまだ遥か、そのほど長夜(ちやうや)の闇きをば 法華経のみこそ照らいたまへ (今様・一八)

【現代語訳】月が隠れるように釈迦は入滅なさり、朝日のような弥勒菩薩の出現はまだ遠い。それまでの長い闇夜を、『法華経』だけが照らしてくださるのだ。

【評】仏教の祖・釈迦の入滅を月の隠れるさまに、弥勒菩薩の出現を朝日に譬え、仏のいない間、唯一の救いとしてある『法華経』をほめたたえた一首。『古今目録抄』今様にも、

釈迦の夕日は入りたまひ、慈氏の朝日はまだ遥かなり そのほどの長夜の闇きをば

法華経のみこそ照いたまへ

と見え、釈迦の譬えが月ではなく夕日となっている他はほぼ同様である。

サンスクリット語Maitreya(友愛の教師の意)の音写が「弥勒」であり、慈氏はその漢訳。弥勒菩薩は兜率天の内院にあって修行中であるが、釈迦入滅後、五十六億七千万年を経てこの世に出現し、衆生を救済すると考えられていた。当該今様では仏のいない混乱と苦悩の時代を「長夜の闇」と表現している。一方、釈迦の入滅後二千年で末法の世(仏法が衰退し、人がいかに修行しても。悟りを得ることが不可能な時代)になるという考え方により、日本では、永承七年(一〇五二)が、末法に入った年とされた(堀河天皇〈一〇八六~一一〇七在位〉の時代に成立した歴史書『扶桑略記』永承七年一月二十六日条に「今年始めて末法に入る」と見える)。こうした末法思想の高まりを背景に置くと、当該今様の「長夜の闇」の切実さと、唯一の救いである『法華経』への篤い信仰がより一層強く伝わってこよう。『空也和讃』と呼ばれる和讃に「釈迦の入日は西に光り 弥勒の出世はまだ遥か これほど長夜の闇き世を

照らし給ふは弥陀仏」と見える。この和讃は空也上人(九〇三~九七二)の作ではなく、平安時代末から鎌倉時代にかけて成立したものと考えられており、当該今様との先後関係ははっきりしないが、この和讃では闇夜の救いとなるものが阿弥陀仏になっている。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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