快晴。
カーテンをあけて真っ暗だぁとつぶやくは老いたるわれか。まことに暗し
視界に渋くかすめるものただよへりここは相模の中央ならむ
相模国の国分寺、国分尼寺の建つところ古へここに都あるらむ
『孟子』離婁章句下98 孟子曰く、「人の不善を言はば、当に後患を如何にすべき」
他人の不善を言ひたつれば恨みを買いてどうしようもなし
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
像法転じては 薬師の誓ひぞ頼もしき 一度御名を聞く人は 万の病もなしとぞいふ
(法文歌・仏歌・三二)
【現代語訳】像法の世になっては、薬師如来の誓願こそが頼りに思われることだ。一度御名を聞く人は すべての病が癒えるということだ。
【評】薬師如来の治病の力をほめたたえた一首。「像法」は、釈迦の入滅後の時期区分、正法・像法・末法の一つ。正法は、教・行・証、すなわち、教えと、それに従って修行する者と、悟りを開く者がいる時期、像法は、教えと、それに従って修行をする者はいるが、悟りを開く者はいない時期、末法は、教えのみがあって、修行する者も悟りを開く者もいない時期。「転ず」は、起こる意で、『薬師瑠璃光如来本願功徳経』に、「像法転ずる時、諸の有情を利楽せん」と見える。
今様霊験譚の中で、今様を歌うことによって病が癒されたという話は多く見られ、たとえば、建長六年(一二五四)に成った『古今著聞集』巻六によると、今様の名手・藤原成道が、「雨降れば軒の玉水つぶつぶといはばや物を心ゆくまで」(雨が降ると軒の雨だれぽたぽたと落ちるように、心の中にたまったことをぼつぼつ言いたいなあ、気のすむまで)と歌ったのを聞いた病人の具合がよくなったという。今様の詞章に病平癒の言葉が直接に含まれなくても、効果が発揮されているわけであるが、当該今様は、病平癒を祈る折に、特にふさわしものであった。『梁塵秘抄口伝集』巻一〇によると、後白河院は、病床にあった今様の師である青墓の傀儡女・乙前を見舞って、『法華経』を読み聞かせた後、当該今様を二、三度繰り返して歌った。乙前は『法華経』よりも、この歌の方がありがたがって涙を流して喜び、「これを承り候ひて、命も生き候ひぬらん」(この歌を承りまして、後も生き続けることができましょう)と言ったという。さらに、『口伝集』巻一〇の結び近くに、乙前の今様の師にあたる目井は、自分のパトロンである源清経が病気になってもう最期という重篤な状態だった時に、当該今様を歌って、すぐさま病を治したという奇跡が記されている。病への恐怖が、医療の発達した現代とは比べものにならなかった時代、薬師如来の霊験と今様の起こす奇跡への期待がいかに大きかったかが窺われよう。