2月6日(金)

晴れている。暖かくなるらしい。

ずうっと積んであった『思想史講義【戦前昭和】』(山口輝臣・福家崇洋編著)を読む。戦争期に向かう左翼の動きが転向に至り、国体へ。そして人民戦線、国家総動員についての論、京都学派、日本浪曼派など興味深く、ひょうとしたらこれらの轍をまた踏んで世界戦争へ至るのではないかと怖れる。

  読みたき本を手に入れむため新宿紀伊国屋本店に小田急線で

  新宿までロマンスカーに乗車せむそのつもりでいたが特急は動かず

  車両点検のために遅れたる新宿に快速急行に急ぐ

『孟子』離婁章句下90 孟子曰く、「舜は諸馮(しよひよう)に生れ、(ふ)(か)に遷り、(めい)(でう)(をは)る。東夷の人なり。文王は(き)(しう)に生れ、畢郢(ひつえい)に卒る。西夷の人なり。地の相去るや千有余里。世の相後るるや千有余歳。志を得て中国に行ふは符節合するが若し。先聖・後聖、其の揆一なり」

  先聖・舜、後聖・文王、時代も土地も異なるが考へ、行ひ全く同じ

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

そよ 春立つといふばかりにや み吉野の 山も霞みて今朝は見ゆらん (長歌・二)

【現代語訳】そよ、立春になったというだけのためであろうか、今朝は吉野の山も美しく霞んで見えるようだ。

【評】「長歌」というジャンルに分類される一首。「長歌」は、五・七・五・七・七の短歌形式を持つ歌で、冒頭に、囃し詞「そよ」が付される。当該歌は三番目の勅撰和歌集『拾遺和歌集』の巻頭歌で、作者は壬生忠岑。吉野山は雪の深い山として知られるが、その吉野山でさえ、立春の日には春らしく霞んで見えることを歌う。「み吉野」の「み」は美称の接頭語。「霞」は春の到来を象徴する景物で、『梁塵秘抄』には「春の初めの歌枕霞たなびく吉野山 鶯佐保姫翁草 花を見捨てて帰る雁」(一三)の一首もあり、和歌によく詠まれる春の素材として、まず第一に、霞のかかった吉野山が歌われている。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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