2025年3月27日(木)

今日は昨日より少し下がるらしいが、暖かであるらしい。

  知らぬうちに分断はある。病み老いてわれは下級民さびしげに言ふ

  これの世の差別、区別に悩まされ正義といふも全うせざりき

  もっとも弱きものの立場にたたずみて見あぐるばかりに底より覘く

  無残なり純白の花びら散らばれば木蓮の木の風に吹かるる

  公園の大樹のさくらの枝ごとに蕾付けたり二、三が(ひら)

『論語』陽貨六 子張、仁を孔子に問ふ。孔子曰く、「能く五つの者を天下に行うを仁と為す。」これを請ひ問ふ。曰く、「恭寛信敏恵なり。恭なれば則ち侮られず、寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち人任じ、敏なれば則ち攻あり、恵なれば則ち以て人を使ふに足る。」

  仁を問へば五つのこと恭寛信敏恵これ仁なりと孔子答ふ

『古事記歌謡』蓮田善明訳 百 雄略天皇

また、天皇が、丸邇のサツキノ臣の娘ヲドヒメを婚しに、春日へ行幸した際、道に会った少女が、行列を見て、岡に逃げ隠れてしまった。そこで、天皇は歌をよんだ。その歌は、
嬢子(をとめ)の い隠る岡を       おとめの隠れたその岡を
金鉏(かなすき)も 五百箇(いほち)もがも      五百も鉏を持ってきて
(す)(は)ぬるもの         掘って返してさがし出そ
だから、その岡を金鉏の岡というのである。

  をとめの隠るる岡を鉏をもて掘り返し掘り返すをとめを探して

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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