晴れて、暖か。
中庭は百日紅の葉が萌えてるさみどり色の木のみではなく
さるせべりはもう勝手色オレンジの葉の燃え立ちて自己を主張す
躑躅やうやく蕾む見ゆわづかに赤き芽立ちや四月
『論語』微子五 楚の狂接輿、歌ひて孔子を過ぐ。曰く、「鳳よ鳳よ、何ぞ徳の衰へたる。往く者は諫むべからず、来たる者は猶ほ追ふべし。已みなん已みなん。今の政に従ふ者は殆ふし。」孔子下りてこれと言はんと欲す。趨りてこれを辟く。これと言うことを得ず。
もの狂いの説與―乱世をあきらめて狂人のまねをしている隠者。鳳―鳳凰。治世に現れている乱世に隠れる瑞鳥。孔子にたっとえる。歌の内容は早くこの世に見きりをつけて隠者になれと孔子にすすめている。
鳳よ鳳よ、徳のおとろへたる世には孔子よ早く隠士ならむか
前川佐美雄『秀歌十二月』一月 山上憶良
天ざかる鄙に五年住まひつつ京のてぶり忘らえにえり (万葉集巻五・八八〇)
憶良としてはこれはめずらしくすなおな歌だ。(略)何かものたりないし、憶良らしくないという気もしないではない。それでも一時代前の歌にくらべるとその思う心は複雑だ。それは裏がわに回されてあるとはいえ、やはり憶良の歌だ。新しい時代のさかんな文化ののにおいがする。「京のてぶり」といい「忘らえにけり」というなかにそこはかとなくただよっていて、うっとりする。善くも悪しくも最高の文化人でないといえない感懐にちがいない。
この歌は上司である太宰師の大伴旅人が大納言となって帰京するに当たって、「敢へて私の懐を布ぶる歌三首」を作って旅人に「謹上」したその一首目である。
他の二つは、
かくのみや息づきをらむあらたまの来経行く年の限り知らずて (同八八一)
吾が主の御魂賜ひて春さらば平城の京に召上げ給はね (同八八二)