朝から晴れているし、すこし温度が下がっているようだ。しかしここからはどうだろう。
天人がこの地に降りてとまどふか松の林の今日も鳴りをり
巨大なるトランク載せて走り行く何処へ行くか物を運びて
大空には女神の美しき脚がある曇りのなかにそれを探る
『中庸』第九章一 凡そ天下国家を為むるに、九経あり。曰く、身を脩むるなり、賢を尊ぶなり、親を親しむなり、大臣を敬するなり、群臣を体するなり、庶民を子しむなり、百工を来ふなり、遠人を柔ぐるなり、諸侯を懐くるなり。
身を脩むれば、則ち道立つ。賢を尊べば、則ち惑はず。親を親しめば、則ち諸父・昆弟怨みず。大臣を敬すれば、則ち眩はず。群臣を体すれば、則ち士の報礼重し。庶民を子しめば、則ち百姓勤む。百工を来へば、則ち材用足る。遠人を柔ぐれば、則ち四方これに帰す。諸侯を懐くれば、則ち天下これを畏る。
天下国家を治むるには九経、つまり九つの原則があるさすれば威光あり
前川佐美雄『秀歌十二月』七月 島木赤彦
谷の入りの黒き森には入らねども心に触りて起伏す我は (歌集・柿蔭集)
大正十四年作、死ぬ一年前の「峡谷の湯」四十余首中「赤岳温泉数日」の中にある。これと並んで奥山の谷間の栂の木がくりに水沫飛ばして行く水の音
というような佳作がある。赤彦らしい歌でこの方がいっそうすぐれており、りっぱかもしれないが、「谷の入りの黒き森には入らねども」というあたり、かまえをなくした赤彦の心が感じられる。「心に触りて起臥す我は」は赤彦自身にしてもよく説明がつかないのではないか。そういう心境である。神秘のようなものを感じる人は感じてよいので、私はこの「黒き森」に赤彦の人生が象徴されているような気がして、読んだ当時不安であった。危い、恐いという感じがしたのである。
赤彦の歌は茂吉に及ばないというものもあるが、けっしてそういうことはない。(略)赤彦は歌境も狭く、またいくばくかやぼなところもあるが、勝負は一首ずつだ。そうすると赤彦の方がすぐれていはしないか。心の持し方が違うのである。位が高いといってもよいが、おおかたの歌人はわからないのではないか。比べるのが無理だが、
しかし赤彦に学べと強くいいたい。明治・大正・昭和三代の歌人では、私は赤彦をもっとも高く評価している。蒙った恩恵はいいがたいほどである。