早いもので、もう八月です。
朝毎に飲むトマトジュース一杯を卓にこぼせり情けなきこと
歳とれば手もと不如意もあることと布巾にふき取る妻の笑顔
いやいや手もと不如意に気をつける六十九歳なんとかせんか
『孟子』梁恵王章句上5 梁の恵王曰く、「晋国は天下より強きは莫きは、のしれ所なり。寡人の身に及び、東は斉に敗られ、長子死す。西は地を秦に喪ふこと七百里。南は楚に辱められる。寡人之を恥づ。願はくは死する者のまでに一たび之をがん。之をせば則ち可ならん」と。
梁の恵王が孟子にきくわが世になりて負けつづけ如何にせんとや一死すすげり
前川佐美雄『秀歌十二月』九月 落合直文
父君よ今朝はいかにと手をつきて問ふ子を見れば死なれざりけり (同)
直文三十九歳、「明治三十二年の春、病にふしてよめる歌どもの中に」の詞書ある十九首中の一首である。
わが歌をかきてと人に乞ふばかり病おもくもなりにけるかな
寝もやらでしはぶくおのがしはぶきにいくたび妻の目をさますらむ
このすぐ前に並ぶ佳作だが、なおこの歌の方がすぐれている。直文の代表作として聞こえ高いが、これを見るとたれでも島木赤彦の歌を思い出すはずだ。
隣室に書よむ子らの声きけば心にしみて生きたかりけり
赤彦の代表作の一つだが、どちらがすぐれているか今はいうまい。しかし「死なれざりけり」というも「生きたかりけり」というのも人間真実の声である。歌風や時代を越えてともに読むものの心をうつ。(略)だからといって直文を軽んじることは誤っていよう。一口に古いというものも多いようだが、いうはたやすかろう。それでも直文は明治の大先進だった。どうしてなかなか手ごわいものも蔵しているのである。