今日は格別暑そうである。
左腕の手より上、肘より下がほぼ全面的に紫斑のごとし
この紫斑日毎に育ち大きくなる変色したる右腕ならむ
さして痛くも痒くもなくただ紫の血を蓄へてをり
『孟子』梁恵王章句4 梁恵王曰く、「寡人願はくは安んじて教へをけん」と。孟子対へて曰く、「人を殺すにを以てするともてすると、以て異なる有るか」と。曰く、「以て異なる無きなり」と。「刃を以てすると政もてすると、以て異なる有るか」と。曰く、「以て異なる無きなり」と。
梃、刃、政治に打ち殺すことに異なりあるか変はりなからう
前川佐美雄『秀歌十二月』九月 式子内親王
暁のゆふつけ鳥ぞあはれなるながきねぶりをおもふ枕に (新古今集)
「ゆふつけ鳥」は鶏のこと。世に騒ぎのある時など、四境の祭とて鶏に木綿を着けて、
京都の四境の関で祭ったことから来ている。「木綿附鳥」の字を用いていたが、いつのほどにか「ゆふつげ鳥」といい「夕告鳥」の字を当てるようになった。これは誤まったのではなく、鶏は刻を告げる鳥だから、この方がかえって鶏をいうにふさわしいと思われ出したからだろう。それでこの歌も「夕告鳥」と読んでもかまわないわけだ。「ながきねぶり」は無明長夜というふうに解されている。これは仏教の語で、明りなく暗きこと。転じて煩悩が理性を眩まし、妄念の闇に迷って法界に出ないことをいう。そこでこの歌の意は、「夜明けを告げて人の目を覚まさせる鶏の声が、無明長夜を嘆いているわが枕に悲しく聞こえる」ということになる。私はそれでよいと思っているけれど(略)しかし「ながきねぶり」は文字通りに、永久の眠り、すなわち死を願っているのだと受けとってもよい(略)乱暴などというなかれ、(略)
これは正治二年に後鳥羽院が召された初度百首に奉られた歌の一つ(略)内親王は後白河天皇の第三皇女として生まれた(略)後に病を得て退出したけれど、生涯ついに独身だった。(略)それも新古今集中第一の才媛だ。その若き日のすぐれた歌のかずかず、とくに情熱的で理知的、幽艶哀切限りないいくつかの恋歌を見て来た目には、これが同じ人の歌かと疑われるほどだ。さびしい歌だ。悲しい歌だ。その心のうちが思いやられて涙が流れる。けれどもこれは傑作だ。晩年の傑作である。(略)私は信じて疑わない。それは新古今集などという歌風や時代を越えている。