今日も暑い。七月も終わりだ。
絶壁にたたずむはわれ今にも跳びこむごとき痩せたるすがた
どこかに自殺願望があるのだらうかいやいや年経てもわれにはあらず
明瞭快活でいつまでもいたしと思ふこの暑さにも
『孟子』梁恵王章句4-3 仲尼曰く、「始めて傭を作る者は、其れ後無からんか」と。
其の、人に象りて之を用ふるが為なり。之れ如何ぞ、其れ斯の民をして飢ゑて死なしめにや」と。
孔子曰くはじめて傭を作りしものそれ子孫無からんや
前川佐美雄『秀歌十二月』九月 落合直文
萩寺の萩おもしろし露の身のおくつきどころここと定めむ (萩之家歌集)
萩には露が置く。露ははかないもの。はかないのは人の身であるから「露の身」といい、その縁語から露の「置く」を掛詞として「おくつきどころ」といった。古い技巧のようだが、さすがである。それがそれと目立たないのも、またいやみを感じさせないのも、清く歌われている心のゆえばかりではない。やはりずいぶんと苦労し、推敲を重ねていたのである。
(略)直文はこの歌に自信があったのか、ゝ〇〇の印を付している。
(略)この歌は年譜によると「明治二十六年(三十三歳)十月、弟鮎貝槐園、門主与謝野寛と共に、江東萩寺に萩を賞す」とあってこの歌が見えるが、のちに改作して寛の『明星』誌上に発表された。(略)萩寺の萩は有名である。それで萩の好きな直文も見に行ったというわけだが、この萩の歌はむろんすぐれているから直文の代表作には違いない。(略)萩が好きだっただけに萩の佳作が多い。
このままにながく眠らば墓の上にかならず植ゑよ萩のひとむら
庭ぎよめはやはてにけり糸萩をむすびあげたるその縄をとけ
あたらしくたてし書院の窓の下にわれまづ植ゑむ萩のひとむらその歌の願いどおり、青山墓地の直文の墓前には萩が植えてあるそうである。