今日もまたまた猛暑。もういいよ。
噉食相
鳥辺野に遠くあらそふ犬の声われも食はれむ鳥やけものに
食ひちぎり、食ひちぎりけるけだものになんの怨みかあれば今言へ
憂きことも忘れてただに食はれゆく骨のみ残すこの感触よ
『孟子』梁恵王章句下12-2 王曰く、「王政聞くことを得可きか」と。対へて曰く、昔者、文王のを治むるや、耕す者は九の一、仕ふる者は禄をを世々にし、は議して征せず、は禁無く、人を罪するにせず。老いて妻無きをと曰ひ、老いて夫無きを寡と曰ひ、老いて子無きを独と曰ひ、幼にして父無きを孤と曰ふ。此の四者は、天下の窮民にして告ぐる無き者なり。文王政を発し仁を施すに、必ず斯の四者を先にせり。詩に云ふ、『哿いかな富める人、此のを哀れむ』と。
王なれば鰥・寡・独・孤の四者をばまづ大切に此の煢独を哀れむ
前川佐美雄『秀歌十二月』十二月 橘曙覧
こぼれ糸網につくりて魚をとると二郎太郎三郎川に日くらす (同)
「松戸にて口よりいづるままに」の詞書ある五首中の二首目。そのいうとおり口から出まかせに歌ったのかもしれぬが、この「松戸」は地名ではない。三首目に我とわが心ひとつに語りあひて柴たきふすべくらす松の戸というのがあり、その家を藁屋とも松戸とも号していた。この二郎太郎三郎は曙覧の子の今滋、菊蔵、早成の三兄弟をいうのであろう。網を修繕している漁夫たちから残り糸をもらい、それで編んだ網で三人のわんぱく兄弟が一日中川へはいって魚を取って遊びほうけているというので屈託がない。太郎と二郎を逆にしたのもかえって面白い。自由暢達、前の歌とは違うけれど、これも曙覧の代表作である。
花めきてしばし見ゆるもすず菜園田伏の芦に咲けばなりけり
藩主松平慶永(春嶽)が、福井三橋町の曙覧の草庵をたずね、城中で古典の講義をするようにと懇望した時、辞退して春嶽に贈った歌である。これに対して春嶽は歌っている。
鈴菜園田伏の芦に咲く花を強ひては折らじさもあらばあれ
ふたりの面目まさに躍如たるものがある。