秋だね。涼しい。
一週に一度の水道水質検査けふも忘れず管理人に届く
朝の歩みは方角違ひ水道の水質検査のプラ壜持ちて
プラ壜のからっぽを家に持ち返る来週の検査わすれてはならず
『孟子』公孫丑章句24-3 曰く、「文王は何ぞ当る可けんや。よりに至るまで、賢聖の君、六七作る。天下殷に帰すること久し。久しければ則ち変じ難し。武丁諸侯を朝し、天下を有つこと、猶ほ之を掌に運らすがごとし。紂の武丁を去ること、未だ久しからず。其の、、猶ほ存する者有り。又・微仲・・・有り。皆賢人なり。相与に之をす。故に久しくして而る後之を失へるなり。も其の有に非ざるは莫く、一民も其の臣に非ざるは莫し。然り而うして文王方百里より起る。是を以て難きなり。
殷の天下は尺地もすべて殷のもの文王は百里四方の土地から始む
林和清『塚本邦雄の百首』
五月來る硝子のかなた森閑と嬰児みなころされたるみどり 『綠色研究』
無国籍風物語を内包する歌を創作、第二、第三歌集では戦後社会を風刺し、現実への措定と反措定を突きつけ、第四歌集では美学を全開にした。この第五歌集はそれまでの技法が、象徴詩である短歌の表現として、高いピークを作り出している。
その中でもこの歌は、青葉の季節、硝子の透明感、彼方という時空を超える言葉、ヘロデ王の虐殺命令、嬰児は音読みして「みどり」を余韻に響かせる。すべてのパーツが、血の残酷美とその補色としての緑に集約され完全な世界を構築する。しかも静謐な読後感。
金婚は死後めぐり來む朴の花絶唱のごと芯そそりたち 『綠色研究』
短歌の韻律を意味の切れ目によって再構築するというのは、杉原一司と作り出したメソッドの中心であった。五七五七七の韻律を「オリーブ油の川にマカロニを流したような」と塚本は痛烈に批判していた。
語割れや句またがりが目指すものは、旧来の韻律とせめぎあって一首ごとに再構築される韻律であった。
しかし時にはこの歌のように旧来の韻律に乗り、少しも変調を見せないものもある。塚本にとっても「絶唱」とはこのようなものであったのだろう。
実際の塚本夫妻は、一九九八年に金婚を迎えている。