今日も良く晴れている。
壁に沿ふ柊の垣にわづかづつ花咲けば匂ふ甘く香り来
甘やかな匂ひたゆたふ冬の垣葉に尖りある柊の香
背の高き垣にあまたの白き花わづかに甘し、芳しきなり
『孟子』縢文公章句上48-4 然友反命す。世子曰く、「然り。是れ誠に我に在り」と。
五月盧に居り、未だ命戒有らず。百官族人、可とし謂ひて知れりと曰ふ。葬るに至るに及び、四方来りて之を観る。顔色の戚める、哭泣の哀しめる、弔する者大いに悦ぶ。
孟子の言を善として三年の喪に服す立派なるもの
藤島秀憲『山崎方代の百首』
ある朝の出来事でしたこおろぎがわが欠け茶碗とびこえゆけり 『こおろぎ』
ここからは第三歌集の『こおろぎ』に入る。出版は昭和五十五年の晩秋。方代は六十六歳になっている。年が明けて二月、横浜重慶飯店で出版記念会が開かれ、約七十名が参加した。
方代の手に掛かると、どんな小さいことでも歌になる。とは言いつつ、果たしてこれは小さな出来事なのか。もし欠け茶碗が方代だとすると、飛び越えて行ったのは南方の戦線で戦った敵兵ということになるのか。あるいは戦争そのものか、戦後という時代か。簡単には詠み過ごせない。
寂しくてひとり笑えば卓袱台の上の茶碗が笑い出したり 『こおろぎ』
「方代の歌の素材はそう多くない」と以前に書いた。同じように方代の語彙もそう多くない。この歌でいえば「寂しく」「ひとり」「笑え、笑い」「卓袱台」「茶碗」が終生何度も使われた言葉。
マンネリと呼ぶ人もいるだろうが、そもそも一人の人間が借り物でなく自分のものとして体得している言葉なんて、たかが知れている。
完全に消化しきった自分の言葉で表現することの大切さを方代は身をもって示したと思う。借りて来た言葉や着飾った言葉を方代は一切使わなかった。