朝は寒い。けれど晴れ。しかし寒い。雲多し。
いつのまにか雨降りやまず檻の中の囚人のごとくざあっざあっと聴く
天からの報せのごとく雨やまずこの世から戦さ無くならず
髪のなき顱頂に雨の降りやまずこの世のものに非ざるわたし
(順番が変になりますが、一日抜けていたので)
『孟子』縢文公章句上50-3 蓋し上世嘗て其の親を葬らざる者有り。其の親死すれば、則ち挙げて之を壑に委てたり。他日之を過ぐるに、狐・狸之を食ひ、蠅・蚋・姑之を嘬ふ。其の顙泚たる有り。睨して視ず。夫の泚たるや、人の為に泚たるに非ず。中心より面目に達するなり。蓋し帰り、虆俚を反して之を掩へり。是を掩ふこと誠に是なれば、則ち孝子・仁人の其の親を掩ふこと、亦必ず道有らん」と。徐子以て夷子に告ぐ。夷子憮然として間を為して曰く、「之に命ぜり」と。
藤島秀憲『山崎方代の百首』
ことことと小さな地震が表からはいって裏へ抜けてゆきたり 『迦葉』
「表からはいって裏へ抜けて」と言っても四畳半しかない家のこと。ほんの一瞬の出来事だ。なんだかんだと深読みするよりも、「ありえないことを言ってやがる」と、この一言で片づけてもらふ方が、きっと方代は嬉しいと思う。「ふふふ、やったね」という方代のしたり顔が見えて来る。
そっけない訪問者のように地震を読んだ人がかつていただろうか。どこか懐かしく、しかし新しい。刺激的であるけれども心落ち着く世界に読者は導かれる。
どうしても思い出せないもどかしさ桃から桃の種が出てくる 『迦葉』
桃から桃の種が出てくるのは当たり前。誰もが知っていること。でも、知っていることが思い出せないときは本当にもどかしい。さんざん考えた末にやっと桃の種が出て来て、すっきり。
方代のような自由気ままな生き方に憧れはあるものの、やっぱり自分には出来ないと思う。けれども自分と同じように、思い出せないもどかしさに苦労することもあるのかと思うと、別世界の人と思っていた方代が身近に感じられる。一人で自分に籠らず、読者に向けて扉を開いていた。