12月2日(火)

朝から晴れ、しかし寒い。

  冬の装ひかくも面倒なものなればいつそ十二単(じふにひとへ)でも着てやらうか

  便所に行き便をした後パンツ上げヒートテック上げズボンにベルト

  天地の別れし時より冬なれば恐らく男女の装ひ異なもの

『孟子』縢文公章句上50-2 陳相孟子を見、許行の言を(い)ひて曰く、「縢君則ちは誠に賢君なり。然りと雖も未だ道を聞かざるなり。賢者は民と並びて耕して食し、饔飧(ようそん)して治む。今や縢には倉廩府庫(さうりんふこ)有り。則ち是れ民を(や)ましめて以て自ら養ふなり。(いづく)んぞ賢なるを得ん」と。

  孟子の言は長くなるようなので、ここでは歌にはしない・

藤島秀憲『山崎方代の百首』

卓袱台の上の土瓶に心中をうちあけてより楽になりたり 『こおろぎ』

農家の竹藪の中から拾って来た土瓶は方代の身内の一人、いや、唯一の身内だ。歌が発表されたのは昭和四十九年だから、たった一人の肉親・姉のくまが亡くなってから九年が経とうとしている。

土瓶は答えてくれないけれども、土瓶の中の酒を吞みながら、あれやこれやと来し方を思い出しているのだろう。酒の残りを確かめるために、ときどき土瓶の蓋を開けたりして。

この歌を含む「めし」十五首により、第一回『短歌』愛読者賞を受賞した。

遠方より友来りけり目隠しをして鶏小屋の鶏を選べり 『こおろぎ』

「朋有り、遠方より来る」である。嬉しい気分は孔子と同じだが、孔子と違うのは鶏をご馳走しようとしたことだ。しかも自分で絞めて。とは言え忍びないので、せめて目隠しをして。なんともともに優しく、しかも鶏にも優しい方代。

でも、方代は鶏を飼っていなかった。だから三句以下はフィクション。だけどフィクションだって全然問題ない。友を歓迎し、もてなそうとしている気分が伝われば、それでよい。方代は気分を大切にした歌人。嬉しい気分、悲しい気分。気分を伝えるための演出は惜しまない。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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