朝から寒い。冷えている。
曇り空の少し明るむむかふには欅大樹の不可思議な色
まだ暗き公園のけやき黒く見ゆ黄葉落葉の散らばるところ
公園のけやきに秋のひかりあり伸びやかなりき黄葉を落とす
『孟子』縢文公章句上50-6 后稷は民に稼穡を教へ、五穀を樹芸す。五穀熟して民人育す。人の道有るや、飽食煖衣、逸居して教へ無ければ、則ち禽獣に近し。聖人有之を憂へ、契をして司徒為らしめ、教ふるに人倫を以てす。父子親有り、君臣義有り、夫婦別有り、長幼序有り、朋友信有り。放勲曰く、『之を労ひ之を来し、之を匡し之を直くし之を輔け之を翼け、之を自得せしめ、又従つて之を振徳せよ』と。聖人の民を憂ふること此の如し。而るを耕すに暇あらんや。
藤島秀憲『山崎方代の百首』
弾丸傷にうずく眼玉を掘り出して調べてもらう遺書をのこせり 『こおろぎ』
この歌にも思わず唸ってしまった。反戦の歌、けれどナンセンスに縁どられ、まったく絶唱っぽくはないけれど、方代が方代らしさを崩さずに成し遂げた絶唱である。
私の人生を狂わせた戦傷を調べろというのだ。それによって戦争が起きた原因をもう一度想い起こせという。
戦争を忘れるな、戦争を二度と起こすなと重低音のメッセージである。
「掘り出して」とういう動詞、ちょっとトボけているが、まるで戦場から遺骨を掘り出すような緊張感がある。この動詞の使い方にも再三再四唸ってしまう。
今日もまた雨は止まない耳の穴釘の頭を入れて出しおる 『こおろぎ』
正直どちらでも良いのだが……「止まない」は終止形なのだろうか、連体形なのだろうか。仮に連体形とすれば、耳の中に雨が止まないと読める。つまり耳鳴りの類を思うわけである。
だけど、、終止形なのでしょう。「雨は止まない」と二句で切れて、釘の頭で耳穴掃除をしていると展開してゆく。長雨に閉じ込められている気怠さが漂う。
「入れて出しおる」からギリシア神話のシシュフォスの石の話を思い出した。運び上げた石を落とされては再び運ぶという話。耳垢を取るのが目的ではなく、ただ出し入れを繰り返す刑に処せられているかのように。