12月12日(金)

快晴ですが、寒いのです。

今日から、先日行ってきた「焼津」の歌です。

焼津

  東海道線各駅停車に熱海まで、乗り換へてゆく焼津の駅へ

  四人席を二人で使ふ楽しさよ。焼津へ各駅に停車して行く

  この旅もいのちせいいつぱいにゆかんとす足弱なれば注意深く

『孟子』縢文公章句上51 墨者夷之、除辟に因りて孟子に(まみ)えんことを求む。孟子曰く、「吾固より見んことを願ふも、今、吾尚ほ病めり。病癒えなば我(まさ)に往き見んとす。夷子来たらざれ」と。他日、又孟子に見えんことを求む。孟子曰く、「吾今は則ち以て見る可し。(ただ)さざれば則ち道(あらは)れず。我且に之を(たださ)んとす。吾聞く、夷子は墨者なり。墨の喪を治むるや、薄きを以て其の道と為す。夷子は以て天下を易へんと思ふ。豈以て是に非ずと為して貴ばざらんや。然り而して夷子は其の親を葬ること厚しと。則ち是れ賤しむ所を以て親に事ふるなり」と。

  夷子は墨者なり喪に薄しされど親には厚きといふこれやいかに

藤島秀憲『山崎方代の百首』

べに色のあきつが山から降りて来て甲府盆地をうめつくしたり 『迦葉』

たくさんの赤とんぼが飛び交っている光景。秋が来たことを告げている。「甲府盆地をうめつくしたり」のスケールの大きさに心ときめく。すみれとか石とか小さなものを歌う印象が方代にはあるが、どっこい大きな自然を歌わせれば、独自の切り口を見せる。

歌集ではこの歌の後に<小仏の峠の道は秋早し吾亦紅が恋をしていた>が置かれていて、こちらは小さな自然を個性的に切り取っている。

ふるさとの山や動植物を思い出すようにぽつぽつ歌っているのもこの時期の特徴だ。

ふるさとを捜しているとトンネルの穴の向うにちゃんとありたり 『迦葉』

短歌の定型は五七五七七なのだが、本当のところは歌人の数だけ定型がある。例えばだが「蛍の光」をロック歌手と演歌歌手とオペラ歌手が歌えばそれぞれ全く違う歌になるように。

内容は俗っぽくても、方代短歌は格調高い調べを持っている。特に、この歌の凛とした言葉運びは絶品だ。「ちゃんと」というザックバランな言葉が入ったとしても「ありたり」と文語で収めることにより、緩みのない調べを作り上げている。

ふるさとがあることの心強さが歌われている。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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