朝がなかなか明けないが、後は晴れ。日没も早い。
最上階の湯から望めば焼津港、町もひろがる。鬱懐ほどく
駿河湾のしづかに穏やかなる青き海。小泉八雲の片目にひろがる
山口乙吉
ダルマの眼は常片目なり。しかれども八雲のために両目を画く
山口乙吉魚屋の二階。避暑の居と定めて海へ、八雲とその子ら
『孟子』縢文公章句下52-2 昔者、趙簡子、王良をして嬖奚と乗らしむ。終日にして一禽をも獲ず。嬖奚反命して曰く、『天下の賤工なり』と。或ひと以て王良に告ぐ。良曰く、『請ふ之を復びせん』と。強いて後に可く。一朝にして十禽を獲たり。嬖奚反命して曰く、『天下の良工なり』と。簡子曰く、『我女と乗ることを掌らしめん』と。王良に謂ふ。良可かずして曰く、『吾之が為に我が馳駆を範すれば、終日にして一をも獲ず。之が為に詭遇すれば、一朝にして十を獲たり。詩に云ふ、<其の馳することを失はざれば、矢を舎ちて破るが如し>と。我小人と乗ること貫はず。請ふ辞せん』と。御者すら且つ射る者と比するを羞づ。比して禽獣を得ること丘陵の若しと雖も為さざるなり。道を枉げて彼に従ふが如きは何ぞや。且つ子過てり。己を枉ぐる者は未だ能く人を直くする者有らざるなり」と。
藤島秀憲『山崎方代の百首』
なるようになってしもうたようである穴がせまくて引き返せない 『迦葉』
昭和五十九年八月に「桃の花」と題した三十二首を「短歌」に発表。三十二首目の歌である。方代に残された時間はあと一年しかない。
三首前の歌に「もどかしさ」とあった。この時期の歌にはそこかしこに「もどかしさ」が見受けられる。この歌にもある。人生をやり直すことができない「もどかしさ」。「引き返せない」と絶句して終わる。
連作には<早生まれの方代さんがこの次の次に村から死ぬことになる><行末のことに思いがおよぶ時急に眼の先が暗くなり来る>と死を暗示する歌がある。
欄外の人物として生きて来た 夏は酢蛸を召し上がれ 『迦葉』
昭和五十九年十月に「うた」に発表された「杉苔」三十二首の中の一首。この年の方代の発表した歌数は百二十六首に及ぶ。
上句から下句への飛躍が読みどころ。なぜ酢蛸に辿り着くかは不明だが、西瓜とか冷ややっこではなく、必ずしも夏をイメージしないものを持って来たところが妙技。歌集では<河石を三つならべて日本の庄内米を炊いて食べたり>が隣に置かれている。直火で焚くとは美食家だ。そういえば歌やエッセイに食べ物は多く出てくるが、山のものが中心。海産物はほとんど出て来ない。