2024年2月22日(木)

今日も朝から雨、そして寒い。

木村朗子『百首でよむ「源氏物語」』(平凡新書)を読む。五十四帖の粗筋を解説しつつ、それぞれの和歌を紹介する。『源氏物語』には、登場人物が詠んだ和歌として七九五首が載っている。その全部を作者、紫式部が作ったものというからすごい。この歌日録にも源氏物語百首を反映させたい。だが『伊勢物語』の後になる予定だ。

  紙やすりに木の裏側をけづりゆくごとくにたましひの傷つけられぬ

  ざわりざわりわがたましひを紙やすりに撫でられ反骨の地のあらはるる

  一巻の絵巻のごとき人生を誰も彼も持つこの世のあはれ

『論語』公冶長五 ある人が「雍(孔子の門人)は仁だが弁が立たない」っと言ったので、孔子がそれを聞いて「どうして弁の立つ必要があろう。口先の機転で人と応対しているのでは、人から憎まれる。彼が仁かどうかはわからないが、どうして弁の立つ必要があろう。」

  仁こそが肝要ならむ佞を用ひ弁立つことは二の次のこと

『正徹物語』57 「庭」の題では軒を詠み、「軒」の題にはたいてい軒と詠んでいる。
「庭」は建物を含むが、「軒」は建物そのものだということらしい。

  庭の題にて軒を詠む軒は軒なり建物そのもの

『伊勢物語』七段 高貴な女性との恋は、失恋に終わった。逃避行か東国へ向かう。その途次、伊勢と尾張のあいだの海辺をゆくと浪がたいそう白くわが身に沁みたのである。
・いとどしく過ぎゆくかたの恋しきにうらやましくもかへる波かな
う~ん、彼女のいる京が恋しいよなぁ。納得。

2024年2月21日(水)

昨夜、べレキシブルの副作用か、全身の痒みと微熱で眠れなかった。朝のリハビリも休んでもらった。身体が怠い。そして朝から雨だ。寒い。

  セーターのくらやみの内に目をひらくトックリの首のさきそこは浄土

  とうりゃんせとうりゃんせこの細道を歩みゆくこの世とあの世の境を歩く

  この身冬の雨に濡れたる冷たさに心地よきかな微熱のあれば

『論語』公冶長四 子貢が孔子に問うた。この私などどうでしょうか。「女は器なり」
なんの器ですかと聞くと、瑚璉なり」

  子貢が聞く賜はいかがさすれば瑚璉なりと孔子が答ふ

『正徹物語』56 「さらぬ」は、さあらぬなり。「さらぬだにも」も同じ。「さらぬ別れ」は「去」の字なり。
・世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もとなげく人の子のため 業平 古今集90

  さらぬだに別るる恋もありぬべし永遠にと歎く昔男は

『伊勢物語』六段 有名な芥川の段である。これも美しい、高貴な女性との秘めたる恋だ。鬼など出ているが、基経や国常が業平をはばんだのだ。
・白玉か何ぞと人の問ひし時露とこたへて消えなましものを

2024年2月20日(火)

地面は濡れているから朝までは雨だった。しかし、それから日中にかけては晴れ、夕刻よりまた雨らしい。今日は、採血と診察の日だ。
ルーティンの続き。

  室内をあれこれ廻り三百歩椅子を仕舞ひてマスクをつかむ

私の部屋は九階である。

  廊下に出て七百かぞへ歩きゆく階段十階へまた八階へ

  午前も午後も七百歩かぞへ階段を一歩一歩上り下りする

『論語』公冶長三 孔子は、子賤(孔子の門人)を君子である。こうした人物は、魯に君子がいなければ、彼が成っていたであろう。これも、ここのところ続いている孔子の弟子褒めですかね。

  子賤について君子なるかなといふ孔子、公冶長、南容に次いで褒めたり

『正徹物語』55 「歳暮」の題は、「除夜」でないならば晦日より前の日を詠んでもよい。しかし「九月尽」は必ず九月晦日でなくてはならない。

  歳暮には晦日以前を詠みてよしされど九月尽はかならず晦日

『伊勢物語』五段 のちに二条の后になる人とのひそかなる恋。
・人知れぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ

2024年2月19日(月)

朝から地面が濡れている。雨であるが、暖かいらしい。

柚月裕子の二冊の警察小説を読む。『朽ちないサクラ』と『月下のサクラ』(徳間文庫)。
最終的に公安警察のからむ森口泉の物語であり、読みでもあった。

  公安の横暴を怒る警察小説柚月裕子の二冊を読み終ふ

  『朽ちないサクラ』『月下のサクラ』いづれにも森口泉の懸命がよし

  ときじくの香の菓を常世から持ちかへりたる橘の果を

『論語』公冶長二 孔子が南容(孔子の門人)に妻をめあわせた話。南容は、「国家に道のあるときは用いられる、道のないときにも刑戮にふれることはない」と言ってその兄の子を妻にさせた。孔子は、門人の婚儀の仲介を、けっこうしている。なんだろ。

南容の妻に兄の娘をめあはせたり孔子は一族を堅強にせむ

『正徹物語』54 「寒草」の題に葦を詠まぬ事。「寒葦」「寒草」と続いて題にある。

寒草は葦にはあらず違へてはならず寒葦がある

・『伊勢物語』四段 業平の高貴な女性との失恋譚。   

・月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして

2024年2月18日(水)

今日はいささか寒い。空は薄く濃く曇っている。

ルーティンつづき。

  寝床より起きだし椅子に左、右足上げ下げて二十回踏む

  壁に対し爪先立ちを十回と脛を伸ばして二十回

  最後には机にすがりスクワット腰を下ろして十回数ふ

『論語』公冶長一 孔子は公冶長(孔子の門人)のことを「妻どりさせてよい。獄中につながれたことはあったが、彼の罪ではなかた。」と言い、そのお嬢さんをめあわせられた。

  縲紲の人にはあれど公冶(こうや)(ちょう)妻どりすべしその娘を合はす

『正徹物語』53 「いともかしこし」とは、「賢」と解する者がいたが、「恐」といふ心なり。「かけまくもかしこけれども」などという事と同じである。

  いづれの歌か「いともかしこし」といふ語あり「賢」にはあらずいと恐れあり

『伊勢物語』三段
・思ひあらば葎の宿に寝もしなむひじきものには袖をしつつも
二条の后との恋。

2024年12月17日(土)

今日は朝からずっと曇っている。気温もそんなに上がらない。妻の運転で井出トマト、国分寺台のパン屋を回ってきた。久しぶりのことだ。

寝床にてまづ恒例の手を開き、閉ぢて二十回腕上げながら

  膝に足を置いて上下す十回づつ両脚終れば腕立て十回

  腕まはし、頸まはし両脚伸ばしたり二十を数ふ寝床より立つ

リハビリのルーティン、明日へ続く。
『論語』里仁二六 子遊が言った。君に仕えてうるさくすると、嫌がられ恥辱をうける。朋友にうるさくすれば疎遠にされる。うるさくつきまとう奴。いるねぇ。

  主君や友にうるさくすれば嫌われる当然ならむ適度が大事

『正徹物語』52 「霜のふりは」には、あれこれ解釈がある。「ただ霜のふるは」という事であるとして「ふりは」という人もいる。一方で「鷹揚などといふやうに、霜のふる場といふ事なり」として「ふりば」という人もいる。
・水ぐきの岡のやかたに妹とあれとねてのあさけの霜のふりはも 古今1072

  霜のふりはいかがなるらん妹と寝てのあさぼらけいかにか寒し

「伊勢物語」二段
・起きもせず寝もせで夜を明かしては春のものとてながめ暮らしつ

2024年2月16日(金)

まだ暖かいかな。リハビリでした。
昨日の風は春一番だった。

  春一番吹く日は南の窓が鳴る破れさうな音がたがた鳴りつ

  原稿を書くため雑誌の山崩すそしていろいろネットを探る

  マンションの屋上高く白鷺の群れ五羽をかぞへる西の段丘へ

『論語』里仁二五 孔子が言う。「徳は孤ならず。必ず鄰あり。」けっこう有名な章句だ。私も知っている。道徳あるものは孤立しない。親しい仲間ができる。

  得なせば孤りではない必ずや親しきものが蒐まりてくる

『正徹物語』51 「やぶし分かぬ」は、薮のこと。「し」は助辞。
・日の光やぶしわかねばいそのかみふりにし里に花も咲きけり 古今870薮すら差別しないということ。

  藪し分かぬ春のひかりに石上布留の社の庭に花咲く

『伊勢物語』一段
・春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れかぎり知られず