2024年1月25日(木)

今日も冷たいが、天気はいい。

  歩みゆき横町を折れふりかへるここは何処迷宮のさなかにあらむ

  茫然と立ち尽くすは老いのわが身なり冬の風寒きけさの舗道に

  あたたかきペットボトルのお茶を買ひ心たのしも歩みはずみて

『論語』里仁三 孔子が言う。「(た)だ仁者のみ(よ)く人を好み、能く人を悪む。」孔子にとって「仁」がもっとも大切なんだな。もっともである。

  仁者のみよく人を好みそして同様によく人を悪む

『正徹物語』29 郭公(ほととぎす)稀なりという題で、ある人が「ひとこゑ」という詞を詠んだところ、これは六月時分の題であれば、ただ一声ばかりにては」と不審あり。ただ初夏も晩夏も郭公の声は珍しいと感ずる気持ちに変わりはない。

  郭公の鳴き声まれなり初夏にせよ晩夏にしても一声つれなし

『定家八代抄』別離歌、羇旅歌
 ・命だに心にかなふものならばなにか別れの悲しかるべき 遊女白女
 ・掬ぶ手の雫ににごる山の井のあかでも人に別れぬるかな 貫之
 ・とぶ鳥の飛鳥の里を置きて往なば君が辺は見えずかもあらん 元明天皇
 ・朝霧に濡れにし袖をほさずして独りや君が山路越ゆらん よみ人しらず
 ・あしひきの此方彼方に道はあれど都へいざといふ人ぞなき

2024年1月24日(水)

寒いがいい天気だ。
堀田善衛『若き日の詩人たちの肖像』上・下(集英社文庫)読み終わる。凄い、熱い、惨い、そしてわくわくする。堀田善衛が「若者」「男」として、戦前、戦中時代がえがかれる。左翼に近いところで留置体験があったり、最後は招集される。日本の戦中を応召するまで、この時代を生きた詩人たちとともに権力に抗したり、肯定したりあれこれ語られる。最後の方で、鴨長明や藤原定家や「乱世」への思いが語られ、この国の戦争の時代への批判があり、その後の堀田善衛につづく話柄もある。ちなみに「白柳君」は白井浩司、「浜町鮫町君」は村次郎、「赤鬼君」は加藤道夫、「澄江君」が芥川比呂志、「良き調和の翳」が鮎川信夫、「冬の皇帝」が田村隆一、「ルナ」が中桐雅夫、「富士君」が中村真一郎、「ドクトル」が加藤周一だったりして、たしかにこの時代の詩人たちの肖像なのだ。

  セクシャルなことも赤裸々にしるしたり「若者」「男」この暴れん坊

  ぷくりぷくり乳房のたかぶり淫楽のはてに誘ふ小説である

   時を経てなほもかがやく戦中の詩人たちの肖像わが生を打つ

『論語』里仁二 不仁者はいつまでも苦しい生活にはおれないし、長く安楽な生活におれない。「仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。」

  不仁者と仁者・知者との違ひ言ふ孔子明瞭なり「仁」こそ肝要

『正徹物語』28 長綱百首を為家が判じた。「太郎と呼べば、次郎が頸に乗りて出づるなり」と言った。「題をばさしおきて」その他のことを詠むことを咎めた。「歌は題にむかひて相違なければ、くるしからぬなり。」

  この時代の歌にとりては題が大事題にたがはず詠むべきものを

『定家八代抄』賀歌、哀傷歌
 ・めづらしき光さしそふ盃は(もち)ながらこそ千代もめぐらめ 紫式部
 ・桜花散りかひ曇れ老いらくの来むといふなる道まがふがに 業平
 ・あはれなり我が身の果てや浅緑つひには野辺の霞と思へば 小町
 ・世の中は夢か現つかうつつとも夢とも知らず有りて無ければ よみ人しらず
 ・つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを 業平朝臣

2024年1月23日(火)

温度が高い。午前中、本厚木へ。

  朝四錠、夕べ一錠、寝る前六錠これらの薬剤老いを支ふる

  給湯器にあたたかな水が蛇口より零れるごとく皿、椀濡らす

  水仕事にその人柄がでるものか妻は豪快、わたしは小心

『論語』里仁一 孔子が言う。「仁に(お)るを(よ)しと為す。択んで仁に(お)らずんば、(いずく)んぞ知なることを得ん。」

  仁に里るをよしとするなり孔子語る仁なきものは知もなきなり

『正徹物語』27 京極為兼は「もってのほか、見目わろき人」である。内裏で女房に「今夜」と契れば、「お主のかほにてや」と言ったので、「さればこそよるとは契れ葛城の神も我が身もおなじ心に」と詠んだ。葛城の一言主は容貌魁偉だそうだ。為兼はどんな顔だったのだろう。

  為兼は葛城の神と同じもの容貌魁偉恥ぢて夜に生く

『定家八代抄』秋下、冬から
 ・むら雨の露もまだひぬ槇のはに霧立ちのぼる秋の夕暮 寂蓮法師
 ・奥山に紅葉ふみ分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき よみ人しらず
 ・神無月降りみ降らずみさだめなき時雨ぞ冬のはじめなりける よみ人しらず
 ・み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり 坂上是則
 ・駒とめて袖うちはらふ蔭もなし佐野のわたりの雪の夕暮 定家

2024年1月22日(月)

雨ではない。晴天であるが、やがて曇ってくるらしい。

  老いらくのたしかに来むと思へるはでこぼこの径にふらつく歩み

  いつしかに千年(ふ)るかこのいのち呆けて惚けて翁の体に

  今日の朝はつぶれたカレーパンを召し上がる妻の機嫌の少しよささう

『論語』八佾二六 孔子が言った。「上に居て寛ならず、礼を為して敬せず、喪に臨みて哀しまずんば、吾れ何を以てかこれを観んや。」これ現代社会にもありそうですね。上に立つもので、寛容でなく、慎みがなく、葬儀に哀しまない者、そこそこいそうだ。

  上に居て寛容ならず慎しまぬ葬儀に哀の心なきもの

『正徹物語』26 「秋ノ夕」の題で詠んだ歌。「うしとてもよもといはれじ我が身世にあらん限りの秋の夕ぐれ」後小松院に合点(評価)を頼んだところ「一生秋光の暮色に心をいたましめ侍る事、哀れにせんかたなく侍り」と感心された。今はこれほどの歌は詠めないだろう。為重卿も同題に「一かたに思ひしるべき身のうさのそれにもあらぬ秋の夕暮」と詠んだ。いい歌だろうということだろう。

  一生秋の夕暮れを喜ばむ正徹よこの世の憂さを逃れて

『定家八代抄』夏、秋上から、
 ・春過ぎて夏来にけら白妙の衣ほすてふ天の香具山  持統天皇
 ・さ月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
 ・夏山のならの葉そよぐ夕暮はことしも秋のここちこそすれ 源頼綱
 ・秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行 
 ・ながめわび秋より外の宿もがな野にも山にも月やすむらん 式子内親王
けっこう有名な歌が多くなった。

2024年1月21日(日)

朝から冷たい雨が降っている。山際では雪だという。午後には晴れる。

  近眼、遠視(こん)ずる眼鏡を卓上に外して置けば動きはじめる

  わが眼鏡かつてにごそごそ動くらし深夜の卓上を左へ右へ

  卓上に痕跡のこるわが眼鏡遠いところに留金がある

『論語』八佾二五 孔子先生が韶の音楽を批評された。「美を尽くせり、また善を尽くせり。」また武の音楽を批評した。「美を尽くせり、未だ善を尽くさず。」韶の音楽とは堯から位を譲られた舜の音楽であり、武の音楽とは、殷の紂王を伐った武王の音楽である。批判もっとも。

  平和裏に受けつぐ(しょう)の音楽の美善ととのふその佳さを説く

『正徹物語』25 人に「吉野山はいづれの国ぞ」と問われたら「花には吉野山、紅葉には竜田を詠む、だから伊勢か日向か分からない」と答えるのがよい。どこの国にあるかという知識は覚えても役立たないことがある。吉野山の場合、自然に大和国にあると知るはずだ。

  さくら花は吉野の山なりおのづから大和国に存すとぞ知る

『定家八代抄』(岩波文庫)の上を読む。古今和歌集から新古今和歌集の八代の勅撰集から定家が秀歌を選んだものの上巻833首をざっと読んだ。この中からさらに秀歌をと思うのだが、やたら数が多い。春の上下から五首ほどを選んでおく。
 ・ほのぼのと春こそ空にきにけらし天の香具山霞たなびく 新古今 後鳥羽院
 ・うすくこき野辺のみどりの若草に跡までみゆる雪のむら消え 新古今 宮内卿
 ・古郷となりにし奈良の都にも色はかはらずはなさきにけり 古今 平城天皇
 ・いくとせの春に心をつくしきぬあはれと思へみ吉野のはな 新古今 俊成
 ・はかなくて過ぎにし方を数ふれば花にもの思ふ春ぞへにける 新古今 式子内親王ですかね。秀歌はたくさんあるのだが、とりあえずこれだけを上げておく。

2024年1月20日(土)

朝からどんよりとした天気です。ただ雪が降るかもしれない。

  まぼろしの国まぼろしの城砦に王女となりて国見する夢

  裾ながくひきて回廊をめぐりゆく黄熟色のたゆたふところ

  薄桃色のこの幻の国をめぐる馬上に揺られ王女なりわれ

百年の後も桃咲くこの季に
『論語』二四 いまひとつ主語述語がわからないのですが。儀の封人が孔子に会いたいと願った。「君子斯に至るや、吾れ未だ嘗て見ることを得ずんばあらざるなり」と言ったのだが、供のものが合わせてやると、退出してから「さまてよっているからといってどうして心配することがありましょう。この世に道が行われなくなって、久しいことです。」「天将に夫子を以て木鐸と為さんとす」と言ったのだそうだ。孔子の自讃かな。

  天下に道なきや久し。かにかくに夫子を以て木鐸とせむ

『正徹物語』24 歌人は才覚によらず、歌の心を解すべきである。古歌を見る時も幽玄の歌か、長高体かを案じ、今だったらどう詠むかを考える。名人の歌に分らないところがあれば作者に聞くべきである。了俊が言われたことだが、歌人が集まって、歌は詠まないで、歌をあれこれ談ずることがよい。また衆議判(歌の優劣を判定する)の歌合に参加するがよい稽古になる。さすれば「人はさ心得たれども、我はさは心えず」などという事が起こる。

  歌の道の上手になるはよく解し努力をするべし意を案ずべし

2024年1月19日(金)

曇りと言っていたが暖かな日である。

  リビングの椅子に座りて足もとにとどく日の影踏みしめてゐる

  われもまた侘人ならむ閑居してしづかに過す足弱にして

  わが眼鏡かつてにがさごそうごくらし昨夜の場所と置き場所違ふ

『論語』八佾二三 孔子先生が魯の楽官長に語った。「楽は其れ知るべきのみ。始めて(な)すに翕如(集まる)たり。」それを放つと「純如(調和する)たり、皦如(はっきりして)たり、繹如(ずっと続く)たり、以て成る。」

  楽を語る孔子先生たのしげなり翕如(きゅうじょ)純如(じゅんじょ)皦如(きょうじょ)繹如(えきじょ)そして成る 字余り

『正徹物語』23 古今和歌集の歌は、表現が古めかしい。本歌として役立つのは業平、伊勢、小町、躬恒、貫之、遍照などであろう。古今集で本歌として適したのは二百四、五十首を超えることはない。正徹は、古今集をあまり高くかっていない。

  正徹は古今和歌集を本歌として数を限りてあまり評せず