2025年3月3日(月)

朝から雨、寒くなるらしい。

ジャニス・ハレット(山田蘭訳)『アルパートの天使たち』、やっとこさ読了。ロンドンにおこるカルト集団の悲劇だが、18年前の設定になっていて、内容もいわゆる地の文がなく、メールやチャットを多用した、変わった構成で文庫全751頁、なかなか読みでがあった。しかも主人公だと思っていた女性が、最後に射殺されてしまうという驚愕の展開とその助手が事件の真相を解きながら、すべてを明かさないのだ。しかし、おもしろかった。

  このままに死の方へゆくわが肉體滅びかゆかむこのまま朽ちむ

  死といふものわからなければただ怖しいつのまにかに意識失ふ

  死を想ふ時多くなる病めばなほこのおとろへのなんとかならぬか

『論語』衞靈公三八 孔子曰く、「君に(つか)へては、其の事を敬し其の食を後にす。」

主君に仕えるには、何よりもその仕事を慎重にして、俸禄のことはあとまわしにする。」

  君に仕へてはそのことを敬し俸禄については後まわしにせよ

『古事記歌謡』蓮田善明訳 七五 作者未詳

船の破損した後は、それで塩を焼いた。また焼け残った木片で琴を作ってみたところ、その琴の音が七里のも聞こえたという。それで歌に、
枯野(からぬ)を 塩に焼き         枯野をもって塩を焼き
(し)が余り 琴に作り        余りをもって琴作り
搔き弾くや 由良の門に      かき弾き鳴らせば由良の海峡(と)
門中(となか)(いく)(り)に 振れ立つ      海峡中(となか)の石に(ひたし)(ぎ)
(な)(づ)の木の さやさや       揺れ当る(ね)のさやけさよ

枯野もちて琴をつくれば由良の門の(な)(づ)の木さへもさやさやと鳴る

2025年3月2日(日)

朝方は寒かったものの、だんだん暖かくなる。

眉月の時があった。

  見えぬほどの眉月残るみんなみの空水の色ただ平らかに

  眉月といふ美しき日本語に思ひ到れり如月の朝

  ただ無心に空を仰げば朝空の高きにほ繊き眉月浮かぶ

『論語』衞靈公三七 孔子曰く、「君子は貞にして諒ならず。」

君子は正しいけれども、馬鹿正直ではない。

諒は信の意味。ここでは善悪を考えずにどこまでもおし通すこと。

  孔子が言ふ君子とは正しいけれども馬鹿正直にあらず

『古事記歌謡』蓮田善明訳 七四 タケノウチノ宿禰
こう語り申し上げて、琴を拝借して、さらに歌うのであった。
汝が御子や つひに知らむと    わが皇子の 御代を継ぐとて
雁は(こ)(む)むらし          その瑞祥(しるし) 雁の(こ)産むか

これは「寿歌(ほぎうた)の片歌」である。

  わが皇子の御代つがむとするその瑞祥(しるし)に雁は卵産む寿ぎの歌

2025年3月1日(土)

今日も、朝は寒いのだが、やがて春のような。

  雨降るを告知しつつ鳴くからす二羽連れゆきてさねさし曇天

  雨降るを告知せりけり黒雲よりぽつりぽつりと雫したたる

  わが頭上を雨来る知らせを告げてゆく二羽のからすの強き鳴声

『論語』衞靈公三六 孔子曰く、仁に当たりては、師にも譲らず。」

仁徳を行うに当たっては、師にも遠慮はいらない。

そうだよなあ。

  先生曰く仁徳を行なふ時にはわたしにも遠慮はいらず行ふべしや

『古事記歌謡』蓮田善明訳 七三 タケノウチノ宿禰
タケウチノ宿禰は、また歌をもって、

高光る 日の御子        皇子よ よくこそ問い給う
うべしこそ 問ひ給へ      まことによくこそきき給う
まこそに 問ひ給へ       わたしはまれな長生きで
我こそは 世の長人       いろいろ聞いてもおりますが
そらみつ日本の国に       日本の国で雁が卵を
雁卵産(かりこむ)と いまだ聞かず     産んだ話は聞きません

  われこそはまれなる長生きしかれども日本国に雁が卵を産むとは聞かず

2025年2月28日(金)

寒いが、やがて春のように。

  細月の薄きが残るみんなみの仄青き空無限のひろがり

  遅々として動かぬ朝の残り月みんなみの仄青き真中に

  しばらくは残りの月を追うたれど余りに遅き動きに堪へず

『論語』衞靈公三五 孔子曰く、「民の仁に於けるや、水火よりも甚だし。水火は吾れ踏みて死する者を見る。未だ仁を踏みて死する者を見ざるなり。」

人民にとって仁が必要なことは、水や火よりも甚だしい。それなのに水や火には、わたしはふみこんで死ぬ人もみるが、仁にふみこんで死んだ人はまだ見たことはない。

  水や火より甚だしきは仁徳なり水火に死ぬ人あれど仁には死せず

『古事記歌謡』蓮田善明訳 七二 仁徳天皇

天皇は宴会をしようとして、日女島に行幸した時、その島で雁が卵を産んでいた。

そこでタケノウチノ宿禰ノ命を召し、歌をもって、雁の卵を産んだ謂れを尋ねた。

たまきはる 内の(あ)(そ)      命も長き建内
汝こそは 世の長人(ながひと)       聞くや 日本に雁卵産と
そらみつ 日本(やまと)の国に      知るや 日本に雁卵産と

雁卵(かりこ)(む)むと聞くや

  日女島に行けば雁卵産さまを見るそのいわれタケノウチ宿禰に問ふや

2025年2月27日(木)

朝は寒いが、少し暖かくなるらしい。

  映像には幾たびも見し山椒魚もったりとした水中の動き

  宿の庭に箱に飼はれたる山椒魚濃きさみどりの苔(み)にまとふ

  わづかづつ手足を動かすは山のけもの山椒魚は罠に落ちたり

『論語』衞靈公三四 孔子曰く、「君子は小知すべからずして、大受すべし。小人は大受すべからずして、小知すべし。」

君子は小さい仕事には用いられないが、大きい仕事をまかせられる。小人は大きい仕事をまかせられないが、小さい仕事には用いられる。」

  君子は小事には用いられず小人は大事をまかせられず

『古事記歌謡』蓮田善明訳 七一 ハヤブサワケノ王

また、

椅立ての 倉椅山は        山の岩根嶮しいけれど
(さが)しけど             君が手を取り登るゆえ
妹と登れば (さが)しくもあらず    切り立つ山も軽々と

そこからまた逃げて、宇陀の曽邇まで逃げた時、ついに追手が捕えて殺した。

  速総別が女鳥を率ゐて逃げたるに宇陀の曽邇にて殺されたりき

2025年2月26日(水)1936年の二・二六事件から今年で89年目。

少しづつ暖かくなっているようだが、朝は寒い。

加藤郁乎『俳人荷風』読了。いいねえ、加藤郁乎は、もともと俳人だが、詩やエッセイも巧い。俳人荷風を書いても巧いのだ。書中にあげられた句をいくつか記しておこう。

知らぬ間にまた一匹や冬の蠅

持てあます西瓜ひとつやひとり者

極楽へ行人おくる花野かな

折からにさびしき風や後の月

泣きあかす夜は来にけり秋の雨

秋風のことしは母を奪ひけり

かたいものこれから書きます年の暮れ

わが庵は古本紙屑虫の声

  部屋の戸を這ひずり出づる老婆なりくちなはの如し鎌首上げて

  救急車に押し込められて体格のよき消防士に運ばれて行く

  救急病院は近くなれども道路の上がたぼこがたぼこ撥ねあがりたり

『論語』衞靈公三三 孔子曰く、「知はこれに及べども仁これを守ること能はざれば、これを得ると雖ども必ずこれを失ふ。知はこれに及び仁能くこれを守れども、荘以て

これに涖まざれば、則ち民は敬せず。知はこれに及び仁能くこれを守り、荘以てこれに涖めども、これを動かすに礼を以てせざれば、未だ善ならざるなり。」

人民を治めることの難しさを言っている。そうだろうなあ。

  知を得ても仁よく守るも荘以ちて、さらに礼を以て動かさざれば善ならず

『古事記歌謡』蓮田善明訳 七〇 ハヤブサワケノ王

天皇は、この歌が耳に入り、直ちに軍兵をそろえて、殺そうとしたので、ハヤブサワケノ王とメドリノ王は、手を携えて逃げ出し、倉椅山に登った。その時、ハヤブサワケノ王が歌った。

椅立ての 倉椅山を       嶮し岩立つ倉椅の
(さが)しみと 岩(か)き かねて     山の岩根を登り得ず
わが手取らすも         われが手を取るいたわしさ

  嶮しく岩立つ倉椅山わが手取らすも二人のぼれず

2025年2月25日(火)

よく晴れている。

  老荷風のあとを慕ひて椿の花ぽつぽつと咲く小径を進む

  椿の花ぼってりと咲く一本の木を見て過ぐる路地の一隅

  椿の花赤きが咲きてはなやげるこのめぐりしばしうるほふごとし

『論語』衞靈公三二 孔子曰く、「君子は道を謀りて食を謀らず。耕すも餒え其の中に在り、学べば禄は其の中に在り。君子は道を憂へて貧しきを憂へず。」

  君子なるものは道を謀れば俸禄はおのづと入る貧しきを憂へず

『古事記歌謡』蓮田善明訳 六九 メドリノ王

そのあとから、夫のハヤブサワケノ王が来たのだが、メドリノ王は歌った。

雲雀は (あめ)(かけ)る      雲雀は高く翔るゆえ
高行くや (はや)(ぶさ)(わけ)      速総別よ そこにいる
鷦鷯(さざき)取らさね        大きい鷦鷯(さざき)を取り給え

  ハヤブサワケよ雲雀のごとく高く飛び大き鷦鷯(さざき)捕へなされよ