2024年12月21日(土)

晴れ、寒い。

  床に敷くカーペットの熱に朝鮮のオンドル思ふハングルは読めねど

  韓国文学なかんづくハン・ガンさんの作品を二冊読むその深きところ

  けふ一日この寒空にふるへたり大陸の冷めたさには及ばざれども

『論語』憲問一二 孔子曰く「猛公綽(魯の国の大夫)、趙魏の老と為れば、則ち優。以て藤薛の大夫と為すべからず。」

猛公綽は、魯の国の大夫だが、趙や魏の大家で家老となるには十分だが、藤や薛のような小国では大夫にすることはできない。

  猛公綽の力量を孔子は言ひ当てる小国をまかせることは遠くおよばず

『王朝奇談集』より
『平家物語』鵼
・人知れず大内山の山守は木隠れてのみ月を見るかな 源三位頼政
・昇るべき便りなき身は木の下に椎を拾ひて世を渡るかな 同
・ほとゝぎす名をも雲井に上ぐるかな(藤原頼長)
弓張月のをるにまかせて(頼政)
・五月闇名をあらはせる今宵かな(右大臣公能)
たそかれ時も過ぎぬと思ふに(頼政)

  椎の実を拾ひてこの世を渡らんかそれでいい出世など求めなくてよし

まあ、源三位頼政とはちがいますな。

2024年12月20日(金)

寒いけれど快晴。

  一ハン・ガンさんの『少年が来た』を読みよみ終へる光州事件の魂しずめ

  『すべての、白いものたちの』死と生をくりかえす人間讃歌と読めぬか

  に移りゆくハン・ガンの書く小説の彩散文詩、韻文詩それぞれ

『論語』憲問一一

孔子曰く「貧しくて怨むこと無きは難く、富みて驕ること無きは易し。」
富めばいいというのか。安易ではないか。

  貧しさに怨むはたやすく富たれば驕ることなし本当にさうか

『王朝奇談集』から
『古今著聞集』能因法師
・天の川苗代水に堰くだせ天くだります神ならば神
・都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関
小野小町
・侘びぬれば身をうきくさの根をたえて誘ふ水あらばいなんとぞ思ふ
女房小大進
・思ひ出づや無き名つ身は憂かりきと荒人神になりし昔を
成通の今様
・雨降れば軒の玉水つぶつぶと云はばや物を心ゆくまで
・いづれの仏の願よりも 千手のちからぞたのもしき
枯れたる草木も忽ちに 花咲き実なると説きたれば
・薬師の十二の誓願は 衆病悉除ぞ頼もしき
一経其耳は扨ておきつ 皆令満足すぐれたり
経信と鬼神
・から衣うつ

  音聞けば月清みまだ寝ぬ人を空に知るかな 藤原公任

・北斗の星の前に旅雁を横たふ
南楼の月の下に寒衣を擣つ

  いづれの仏の願よりも千手の力ぞたのもしき枯れたる木にも花咲かせたり

2024年12月19日(木)

今日は曇りがちで寒い。

須永朝彦編訳『王朝奇談集』読み終える。須永朝彦が選び、現代語訳したものだ。『日本霊異記』『日本往生極楽集』『大鏡』『今昔物語集』『成通卿口伝集』『唐物語』『古事談』『発心集』『続古事談』『十訓集』『宇治拾遺物語』『今物語』『古今著聞集』『沙石集』『撰集抄』『平家物語』『海道記』から選んである。現代語訳の中に括弧して注記が入れてあり、また訳もわかりやすく原文に近い感じで読める。

  みささぎに冬の雪ふるそのときこそこころしづめておろがみまつれ

  猿のかたちの陪臣どもが寄りあひてみささぎの主に深き(いや)する

  耳原の御陵に灯る一つ火のしづかに燃えてすめらきの霊

『論語』憲問一〇 或るひと(鄭の)子産を問ふ。孔子曰く「恵人なり。」(楚の)子西を問ふ。曰く「彼れをや、彼れをや。(語るまでもない。)」(斉の)管仲を問ふ。曰く「伯氏の駢邑三百を奪い、疏食を飯ひて歯を没するまで怨言なし。

  鄭、楚、斉のそれぞれの人をとりあげて孔子のたまふ優れたる人

『春秋の花』 岡本かの子
・流るる血ながしつくして厨辺に死魚ひかるなり昼の静けさ 『浴身』(1925)所収。
・風もなきにざっくりと牡丹くづれたりざっくりくづるる時の来りて
  *
・かくばかり苦しき恋をなすべくし長らへにけるわれにあらぬを

  あけぼの杉冬木にならむ。いつくるか木の周辺(まはり)には葉がちらばりて

本日で『春秋の花』を終えることになる。この復刊に寄せて大西巨人の配偶者である大西美智子の文章が載っている。巨人は二〇一四年に九十七歳で亡くなっている。百十五歳まで生きると本人はいっていたらしいが、しかし長寿だと思う。こんなことが書いてある。「うそつき、ごまかし、あいまいを嫌悪した。」そういう人だったのだろう。私には、とっても及ばない。私はうそをつき、ごまかしが多く、あいまいだ。とはいえ大西巨人の人物像が浮かんできた。敬愛するに足る人である。

明日からは須永朝彦編訳『王朝奇談集』から和歌を少々、その後蓮田善明による『古事記』の現代語訳から歌謡を取り上げる予定です。

2024年12月18日(水)

午前五時代はまだ暗いが、やがて明けて青空。満月に近い月が長く残っている。

  すねに傷持つわれなれば老いたる日々もそれなりと思ふ

  さくら落葉乾きて落つるを踏みゆかむ音乾けるを厭ひつつゆく

  大量に片側風に寄せられて落葉朽ち葉を踏み踏み歩む

『論語』憲問九 孔子曰く「命を為るに卑諶(ひじん)これを草創し、世叔(せいしゅく)これを討論し、行人子羽(しう)これを修飾し、東里の子産(しさん)これを潤色す。」

鄭の国の外交文書は、たいへん優れていて、落ち度がなかった。卑諶以下四人は、皆孔子よりやや先輩の鄭の家老であった。

  鄭の国の外交文書のすばらしさ卑諶、世叔、行人、子産の手を経る

『春秋の花』 柄谷行人
・唯物論とは、言語や関係の外在性=物質性を認めること、それらを思惟によって内面化しえないものとみなすことにほかならない。 『終焉をめぐって』(1990)「死語をめぐって」の断章。その論攷中には「日本の近代文学の内面性とは、闘争の回避であり闘争の放棄を闘争と見せかけることである。」という鋭利な指摘も見られる。」
  *
注意すべきことは、概して、ヒューモアは、一見してそうでないような思想家にこそ見いだしうるということである。

  思惟により内面化せざるものとみる唯物論に物質性(マテリアル)認め

2024年12月17日(火)

朝から晴れ、でも寒い。

  錠剤を二粒夕飯の後に飲みあと寝る前に三粒を服す

  (カレンダー)の最後の一枚師走なりあと十五日寂しき残日

  師走十日はたちまちすぎて明日は十七日時よ止まれ

『論語』憲問八 孔子曰く「これを愛して能く労すること勿からんや。忠にして能く(おし)うること勿からんや。」

  愛すればよく労せんや忠なればよく(おし)ふるや師といふものは

『春秋の花』 失名氏
・大阪のカレドーニアによく行きし友の二人は戦死し果てぬ

十五年前にも一度この歌のことを書いたが、今日も作者を知り得ていない。太平洋戦争中、一等兵私は、離島要塞における陸軍病院娯楽室の古雑誌で、たまたま読み、

銘肝した。作者は職業歌人ではない…「カレードニア」は喫茶店かバーの名前ならんか。同じ作者の作品が二首…他の二首も秀歌であった。ちのみしか、ふつつかにも私は覚えていない。その一首の上の句、「街を行き人けすくなき国に住み」だった。
  *
・倶会一処なみだのうちに生くれども御祖の里は日々に近けれ  すべて失名氏
・構はずに前進せよといふ戦友の手より胸より血は流るるを
・現し世はたとへば草に見る風のあるかなきかに事消えゆくも

  渋谷の名画座がありしころなりき講義をさぼり唐獅子牡丹

2024年12月16日(月)

今日も寒いけれど天気はいい。

  世の中の理不尽にかくいきどほる泣くなをみなよ男子(をのこ)よ泣くな

  みもよもあらずべちゃくちゃに文楽人形をみな顔、鬼面

  足、腕、手、表情を変へ鬼の顔におそろしおそろし文楽人形

『論語』憲問七 孔子曰く「君子にして不仁なる者あらんか。未だ小人にして仁なる者あらざるなり。」

君子の中でも仁でない人はいるだろう。しかし、小人なのに仁という人はいない。

  君子にして仁なきものもあるだらうしかし小人に仁あるあらず

『春秋の花』 小林秀雄
・彼の(ドストエフスキイ)の浅瀬を嫌ったリアリズムが深化するに従って批評家の理解は彼を去った。炯眼なミハイロフスキイさへラスコォリニコフが街頭を歩いてゐた事を頑固に認めようとはしなかった。『ドストエフスキイの時代感覚』(1937)
・「当時横行した実証主義的ヒュウマニズムが、彼の言葉を借りればロシヤの現実の浅瀬を渉るリアリズムに過ぎない事」などの文言が、掲出断章に先行する。真正芸術家の(特に当代における)悲惨と栄光との一典型が、そこに鋭角的に抉り出されている。
  *
そこで、自分の仕事の具体例を顧みると、批評文としてよく書かれてゐるものは、皆他人へ文を成したものはない事に、はっきりと気就く。そこから率直に発言してみると、批評とは人をほめる特殊の技術だ、と言へさうだ。 『批評』より

  ドストエフスキイ独特のリアリズム誰も理解せずこの時代感覚

2024年12月15日(日)

寒いけれど晴れ。

  コカ・コーラ炭酸液を飲むときのどこか軽薄な気分に変はる

  軽やかに躍りだす足、右・左交互に跳ぬる跳ぶ動きだす

  この躍りごく自然なり企まず考へず手足交互に動かし

『論語』憲問六 南宮适(なんきゅうかつ)、孔子に問ひて曰く「羿(げい)は射を善くし、(ごう)は舟を(うご)かす。倶に其の死を得ず(どちらもふつうの死に方ができませんでした)。禹と稷とは(みずか)ら稼して天下を有つ。」そして孔子は答えず。南宮适出ず。孔子曰く「君子なるかな、(かくのごと)き人。徳を尚べるかな、若き人。」

  しづかなるもの言ひをする孔子なり南宮适を褒めたまひけり

『春秋の花』 茨木のり子
駄目なことの一切を/時代のせいにはするな/わずかに光る尊厳の放棄//自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ  『自分の感受性くらい』(1977)

「精神の立派な在り方」
・とかくして不平なくなる弱さをばひそかに怖る秋のちまたに 土岐善麿『雑音の中』
 *
・だから決めた できれば長生きすることに/年とってから凄く美しい絵を描いた/フランスのルオー爺さんのように/ね 「わたしが一番きれいだったとき」の終節。

  みづからの感受性こそ守るべきものなれど時代、社会に流されてゆく