2024年6月8日(土)

朝からいい天気で、暑い。

  夏つばきの白き花には朝のひかり清浄の花かがやくばかり

  夏つばきの落せる花の腐れたるが苔庭なればそこ愛らしく

  木が違ふ木を拝むとき気が違ふ気ちがひならむわれに狂あり

『論語』泰伯一一 孔子が言った。「たとひ周公ほどの立派な才能があっても、傲慢で物惜しみするようなら、そのほかには目を止める値打ちもなかろう。」

  周公の才の美あれど驕りかつけちなれば余が観るにたらず

『正徹物語』156 「短夜の月」という題で、このように詠んだ。
・水浅き蘆間にすだつ鴨の足のみぢかくうかぶよはの月かげ 草根集3168

鴨の足というのは、和歌には趣向が奇抜すぎるようだが、短という題の字に主眼を置いてこのように詠んだ。

  夜の短き夏になりけりまう鴨はとびたちしかな跡形もなし

『伊勢物語』百六段 むかし男、親王たちの逍遥し給ふ所にまうでて、龍田河のほとりに詠んだ。
・ちはやぶる神代も聞かず竜田河からくれなゐに水くくるとは

  いまははやからくれなゐにもみぢ染め枕詞の役目はたしき

2024年6月7日(金)

今日もいい天気だ。暑くなりそうである。

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』読了。トマーシュとテレザの愛の物語のようにも見え、また「プラザの春」を壊滅させたソビエトの苛烈さを背景に、ここにも物語がある。トマーシュは、まるで光源氏の諸向き心の持ち主のような色好みの男であり、テレザは直向き心の持ち主である。『源氏物語』の現代版のような、しかし深刻な感じの物語であった。むかしむかしDVDを借りて映画を観たことがある。もっと分かりやすい印象を持っている。背景にソビエト侵攻をもちながら愛が際立っていたような。緑の色彩が深く頭に残っている。

  夏つばきの清浄の花あまた咲く白きその花この夏の花

  白き花芯のところは黄色くてみどりの葉に映ゆ夏つばきの木

  昨年は葉ばかり繁り花着けぬこの夏つばきことしは花咲く

『論語』泰伯一〇 孔子が言った。「勇を好みて貧しきを(にく)むは、乱なり。人にして不仁なる、これを(にく)むこと(はな)(は)だしきは、乱なり。」

  まつりごとの難しさ説く孔子なり勇武、不仁はにくむべきなり

『正徹物語』155 「河に寄する恋」という題で、こう詠んだ。
・あだにみし人こそ忘れやす川の浮き瀬心にかへる浪かな

「浮き瀬心にかへる浪かな」という第五句がよい。うきことは、いく度もわが心にちゃちゃっとかへる物なり。「ちゃちゃっと」は、すみやかにの意。

  不実なるであひせし人忘れがたし憂きことちゃちゃっと心にかへる

『伊勢物語』百五段 「このままでは死んでしまいます。」と言った男がいた。」女は、
・白露は消なば消ななむ消えずとて玉にぬくべき人もあらじを

と詠んだ。なんとつれないと男は思う。けれど女への気持ちは、いっそう募るのだった。

  つれなくさるる女を思ひされどされど恋してやまずこの女こそ

2024年6月6日(木)

朝から晴れて、爽やかな日である。6月6日だけど、雨ざあざあではない。

  相模川橋梁を厚木へ辿る清流あれば鮎も育つか

  川辺には鮎を目ざして幾人か川の深みへ入りゆかむとす

  棹先にひかりのやうな鮎のをどるまんまと胴に針を引っ掻け

『論語』泰伯九 孔子が言った。「人民を従わせることはできるが、その理由を知らせることはむつかしい。」

  民これに由らしめることは難からずその理由を知らせる難しきこと

『正徹物語』154 千五百番歌合(1202年頃)の時分は、家隆の歌は世間に知られていない。」

  後鳥羽院の時には家隆知らぬといふ然あれこの時期こそ家隆に名あれ

『伊勢物語』百四段 尼になった女がいた。出家した理由は分からない。女は、尼であるにもかかわらず、賀茂の祭に心ひかれ、見物にでかけた。その尼に。男が歌を詠んだ。
・世をうみのあまとし人を見るからにめくはせよとも頼まるるかな

尼は、元斎宮であった。こんなことを言ってくる男がいたので、斎宮は見物をやめて帰っていったという。

  尼になりし正体を知るをとこなり賀茂の祭の見物いかが

2024年6月5日(水)

朝からいい天気である。

  存在の耐へられない軽さに遊弋し街を俯瞰すプラハの街を

  藤原定家の歌の本歌取り、類歌を探り巧みなり安東(あん)次男(つぐ)の書は

  宇野浩二の狂、芥川龍之介の自死への道。広津和郎が詳しくしるす

「かりん」の下村道子さんが亡くなった。私が、歌をはじめた頃、その歌に影響された。「かりん」6月号に追悼されている。「下村道子作品抄(田村広志選)」

  ・ほんだわら踏めば小さき音のする幼き恋のありし浜辺に

  ・地図に見る二センチの距離望郷の思いにかおる菜の花畑

  ・ほの青き切符にのせて発たしむる遊離魂雪ふるかなた

  ・ねじひとつ転がして知る秋近き実験台の下のゆうやみ

  ・胸のごときふくらみをもつフラスコのかすか陰りて風の音する

  ・嶺岡の山吹きおろすからっ風わが哀しみの内側を剝ぐ

  ・優れたる論とは思わねど論文の数にて量られる身のために書く

  ・教授・助教授・助手の感情閉じこめていずれのドアも無表情なり

  ・食にまつわる悲しき歴史語らえば静まりて深海のごとき教室

  ・見えぬ色を分光光度計で測りいる思えば信じていることに似て

  ・筵巻きのお仙を落としし断崖に村人は悔いて地蔵遺しし

  ・白鷺は一本足にて川に立つ白磁のようなからだ支えて

  ・ひっそりと母の通夜する梅洞寺夜の気凍りて霜となる音

  ・悲しまざるというにあらざり穏やかな父の死に顔 ごくろうさまと

  ・リハビリに精出し歩き絵を描くといいにし二日後君は逝きたる

  ・アトリエにスーツ一着掛けおき帰ることなき人に帰せたく

  ・ふくろうの鳴く谷戸に住み見定めん一人になりしわれの時間を

  ・かたわらにありたる人は風となり大夕焼けに向かうとき来る

  ・かの夜にて母はその母と会いたるか春近き日の山は霞めり

  ・寄せてくる芒の穂波しなやかに輝きて晩年の光となりぬ

 ということで『論語』以下はお休みです。

2024年6月4日(火)

朝から晴れているが、涼しい。昨夜、旅の後の興奮があったのだろうか。あまり眠れなかった。

  悪性リンパ腫の三回目の疲弊感いまも解けざるものを

  日本列島のいづれかに必ず荒れがある線状降水帯雨多く降る

  湯河原から還りて昼にインスタントらぁめん旨し旨しよこのらぁめんは

『論語』泰伯八 孔子が言う。「詩に興り、礼に立ち、楽に成る。」

  詩によって生じ、礼に立ち、楽にして成るこのやうなもの

『正徹物語』153 かいやには「かびや」「かひや」と二つの解釈がある。俊成は鹿火屋である。顕昭は飼屋である。六百番歌合の時の応酬に見えている。

  鹿火屋と飼屋そこそこ違ふものなれば両者あらそふ六百番歌合

『伊勢物語』百三段 誠実で、まじめで、うかれた心も持たぬ男がいた。男は深草の帝(仁明天皇)に仕えていた。
ところが、何を間違えたのか、帝の息子である親王が寵愛していた女と情を交してしまった。
・寝ぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな

男は、こう詠んだ。なんと未練がましい歌であることよ。

  寝ねし後はかなきものよいつまでも君の姿ぞ忘れられざる

原文では「さる歌のきたなげさよ」とあるが、そうだろうか。間違いを犯したっていいではないか。そしてそのことが忘れられないのも当然であろう。その女性が素敵だったのだ。

2024年6月3日(月)

今朝は雲があるものの晴れた。湯河原の宿を出て、きび餅・温泉饅頭・飯田商店のインスタントらぁめんを買い、星ヶ山公園「さつきの郷」に寄った。駐車場からの下り、そして上りがつらく、ほとんど数百メートルを歩いて、そこで引き返した。こんなにも私の体力は衰えている。かなり高く上ったので、そこからの海の光景は忘れられない。

  ひさかたの海のひかりのまばゆさにこころたちまちにはれゆくばかり

  新緑の木々のあひまに見ゆる海青く波立つ雨の後なり

  湯河原の山の上なり舟いくつか浮かべて海はかがやきの色

というわけで、この日も『論語』以下は休み。

2024年6月2日(日)

湯河原へ一泊旅。茅ヶ崎から西湘バイパスを通って湯河原温泉へ。午後から雨、烈しい雨。夜も雨。

  窓からの景色けぶらせ降る雨の条くっきり見えて激雨なりけり

  宿の部屋のむかひ大平山の新緑の霞みて雨の降りくるならむ

  夕の料理色、味とりどりに旨くして完食したりこの老い耄れも

というわけで、入院後初の旅行中につき『論語』以下休み。