2024年4月14日(日)

今日も朝から青天。気温も上昇するらしい。

昨夕、味の塩焼き。

  焼き網のうへには身のひきしまる鰺が焼けたり尾びれの焦げて

  鰺の目が焼網の底ひに落ちてゐる底ひの目玉がわれを睨む

  かたち崩れ鰺の身喰はれ骨ばったからだにまだ身が付いてゐる

『論語』雍也二八 孔子が南子(衛の霊公の夫人。美人だが不品行の評判)に会った。子路よろこばず。先生は誓いをされ「よくないことがあれば、天が見すてるであろう、「天これを厭たん。」

  南子( なんし)に会ふがそんなに厭か子路に言ふ(すまじ)きところは天これ(た)たむ

『正徹物語』107 道風・佐理・行成を皮・肉・骨に宛てているのは、道風は「骨髄にとほりたる体」、佐理は「肉の体」、行成は「皮の分」を書いたからだ。「三人大略同時の者なり。」道風の晩年に佐理が現れ、佐理の晩年に行成が現れた。

伏見院は、漢字は、道風と佐理の書風を模倣した。仮名は自分で創出工夫した。道風・行成の仮名が、世間にあるのは、「ちくちくとしてねずみの足形のやうにありしなり。」「ひきつづけてうつくしく、ふくふくとしたる仮名は、伏見院が創出した。これ以後は御所風を学んだ。後伏見院、花園法王などは父の伏見院風の書をした。六条内大臣有房の筆跡は伏見院の宸筆と変わりない。世間の人は見わけがつかず、伏見院の書として秘蔵する。仮名がよく似ている。久我家の先祖。禅林寺中納言と若い頃は称した。清水谷家なども、有房の門下より出た能書家である。

道風・佐理も、中国の書を伝えて書いた。伏見院の宸筆は、仮名・漢字双方に達したものだ。趙子昂や張即子が書いたものと比較すると、運筆は変わらない。床の間の板には牧谿の三幅一対の絵と銅製の調度三点セットを置き、金箔銀箔を押した屏風を立てた座敷の室礼のように、和漢の長所をともに持っているのは、伏見院の宸筆である。子の青蓮院門跡尊円親王の筆跡は、座敷に簾を懸けめぐらし、金箔銀箔を押した屏風障子を置き、日本製の調度だけを置いた室礼のようだ。曽孫の御光厳院の宸翰は、繊細で美しいが、伏見院の宸翰と比較すれば、枯淡にして高貴なる趣は到底及ぶものではない。後光厳院の書は、美しい女房を几帳の向こうに置いたようである。伏見院の書は、立派な男が礼服を着て、紫宸殿に登場したかのようだ。几帳に隠れた女房は、室内で見ると優美である。しかし公式の場所に出れば、立派な男が装束を着ているのが、気高く堂々と見える。伏見院の書はそんな風だ。

  高貴なる装束を着する伏見院気高く堂々なりとその書を説けり

『伊勢物語』五十七段 男が、「人知れぬもの思ひけり。つれなき人のもとに詠んだ。
・恋ひわびぬ海人の刈る藻に宿るてふわれから身をもくだきつるかな

男に、つれない女はこの歌にどう反応したのだろう。私は応じたように思うのだが。

  刈る藻に宿るわれからのように砕けむとの思ひあればこそ女応へめ

相当の字余りだが。応えたいものである。

2024年4月13日(土)

朝から晴天、いい天気で、気温も上昇する。20℃を越えて暖かい、暑い。

  枝ごとの芽立ちのみどり増えてくるあけぼの杉も春のよそほひ

  槐もみどりの扇のかたち。枝やはらかにこれもまた春

  ゆったりと緩急自在に揺れてゐる風吹けばそのみどりゆらめく

『論語』雍也二七 孔子の言。君子は博く文を学びて、これを約するに礼を以てすれば、道にそむかない。」

  君子は博く学びて約するに礼を以てせば道にそむかず

『正徹物語』106 先達も「古今をばかた手に放たず持つべき事なり。歌をも空に覚ゆべきなり」と言われた。古今集は暗記すべし。これはその通りで、大切なことである。

  古今集は手から放さずその歌を暗誦すべし以前より言はれし

『伊勢物語』五十六段 男は、ふして思ひ、起きて思ひ、思ひあまりて詠んだ。
・わが袖は草の庵にあらねども暮るれば露の宿りなりけり

その女には通じたのであろうか。この後がないということは、何を語るか。

  草の庵に宿借る女もあればよしおもひとほれば女も来べし

2024年4月12日(金)

雲の多い日であり、昼前に雨が降った。リハビリがあり、ケアマネージャーが来た。

  時に雨ふればたちまち傘ひらく赤あり、青あり、黄色いパラソル

  ペットボトルのお茶のみほして空になればペットボトルをつぶして捨つる

  ペットボトルを仰ぎ飲むこの阿呆づら口からこぼす水のしたたる

『論語』雍也二六 宰我が問うた。「仁者はこれに告げて、井に仁ありと曰うと雖ども、其れこれに従はんや。」孔子が答える。「どうしてそんあことがあろうか。君子はそばまで行かせることができても、井戸に陥れることはできない。ちょっとだますことはできても、どこまでもくらますことはできない。」

  君子は井戸の近くまでは行くものの欺くことは(し)うべからず

『正徹物語』105 懐紙の端作に必ず記す「哥」の字についても、少し昔の二条家では「歌」の字を書き、冷泉家では「謌」を書くと言っていますが、必ずそのよ、うに書くべきというわけではない。二条家では「歌」、冷泉家では「謌」と書いていたのを、こんな風に言ったのだ。「倭」は「和」と同じ意。とはいえ、わざわざ使わない字を使って人目を惹こうとするのは感心しない。「ただ人にかはらずしたるがよきなり。」

  懐紙に書く文字にも違ひあり二条家は「歌」、冷泉家は「謌」

  どちらでもよいことなれど目に立つはわろし人にかはらず

『伊勢物語』五十五段 男が、思いを寄せる女がいた。親密な頃もあったが、どうやら自分のものにできそうにない。
・思はずもありもすらめど言の葉のをりふしごとに頼まるるかな

女の返しは書かれていないから、無かったということだろう。

  男の思ひかなはず言の葉ををりふしにやれど返しなかりけり

2024年4月11日(木)

今朝も晴れ。

  夜の北の窓には淡き青き色ゆうらり揺れてただよふごとし

  この窓のむかふにはひろき海があるときおり波の荒るるも青なり

  夜に降る雨のせゐかも青き色に北窓の外闇なす空は

『論語』雍也二五 孔子が言った。「觚、觚ならず。觚ならんや、觚ならんや。」

短句だけれども、わかりにくい。「觚」は酒器で、少ない酒量だが、昨今大酒を飲む者が多く觚が觚でなくなった。だから、こういうふうに言った。

  觚、觚ならず。觚ならんや。つまり孔子は大酒は駄目

『正徹物語』104 懐紙を文台におく事については、昔はいろいろ面倒で、「文台より下座におかなければならぬ。文台の上に置いてはならぬ」とか、あるいは「文台の右は上座から見れば左なので、大事にする位置であるから、文台の向かって左端に置くのがよい。

こんなふうにやかましいので、近年は文台に置くまで懐中に忍ばせておき、内読師と言って懐紙を重ねる役の人に渡す。

  歌会の作法やかまし正徹の時代にも重き伝統ありき

『伊勢物語』五十四段 男が、つれない女に詠んだ。
・行きやらぬ夢路を頼む袂には天つ空なる露や置くらむ

  まぼろしの女に逢へず袂濡らす天つ空より涙のしづく

2024年4月10日(水)

今日は晴れた。ここのところ雨や曇りの日がつづいたので、朝から明るいのが感動的にうれしい。だけど冷たいのだ。

徳田秋声『黴・爛』(講談社文芸文庫)を読む。『黴』の笹村とお銀、『爛』の浅井とお増、そしてその男たち女を取り巻く一癖も二癖もある人物のどうでもいいような生活を語って、なんとも先の見えない小説なのだが、面白いのだ。「たヾ消極的で、沈滞的で、惰性的で、機械的で、而して敗滅的」(相馬御風)の生活だが、どれほど複雑な味わいに富んでいるか。室生犀星や永井荷風を読んだときのような心踊りを感じている。『縮図』や『仮装人物』も読みたいのだが、ネット上にないのだ。

  峰々の遠き彼方のあかるむところありしをよろこぶ明日は晴れなり

  けさ晴れて、しかし空気は冷えてゐる一階のポストへ朝刊取りに

  さくら花昨日の雨に風に散る木の周辺は花びらだらけ

『論語』雍也二四 孔子が言う。「斉、一変せば魯に至らん。魯、一変せば道に至らん。」

魯は孔子の故国であり、理想とした周公旦が開いた国で、周初の文化の伝統がなお遺存したからである。斉より魯が理想的な道徳政治にゆきつけるだろう。

  斉、一変せば魯、魯一変せば道。わが故国道ある国に近づくものを

『正徹物語』103 歌よまぬとき抄物(歌学書など)を博く見ておき、さて晴の歌を詠もうとする時は、書物は置いて、何も無くして案じたるがよし。歌を詠む時に、昔の歌書を見て、少しずつ句を書きながら詠んでいると、類想歌を見つけて、良い歌を詠めない。そやって詠むようになると癖になって、晴の歌が詠めなくなる。昔は女房などは、横になって詠み、照明を暗くして、わざと頼りなげな状態で構想を練る人もいた。

西行は生涯修行の身で詠んだので、廊下を廻りながら、あるいは北向きの戸をわずかに開け、月光を見ながら構想を練った。

定家は、南向き戸を撤去して、部屋の中央に座し、南方を遠くまで眺めて、装束をきちんんと着て構想を練った。こういう姿勢が内裏仙洞などの晴の会で詠む有様と相違せずよいのである。

俊成は、いつも黒ずんだ浄衣の上着だけを引っ掛けて、桐の火桶にちょっとよりかかってそうした。ほんのわずかでもしどけなく横になったりして、構想を練ったことはない。

私どもも偶然寝床で目が覚めて詠んだような歌は、起きてから見ると、必ずしも良くはなかった。

  西行、定家、俊成の晴の歌つくりし時はそれぞれに会に出るさまして案ず

『伊勢物語』五十三段 男が、逢いがたい女に、逢うことができた。睦言かわしているうちに、夜明けの鶏が鳴いた。
・いかでかは鶏の鳴くらむ人知れず思ふ心はまだ夜深きに

  鶏どもよまだ鳴くこともなからうにまだまだ女と離れがたきぞ