3月6日(金)

晴れているが、昨夜雨だったらしい路上が濡れている。

  垣間見る女の裸体に興奮する小僧を描くつげ義春は

  海から上がりメメクラゲに左腕をさされたるぼく、不思議なる世界へ

  不可思議の裸の女体に興奮す。風呂の中描くつげ義春の絵

『孟子』離婁章句下117 孟子曰く、「君子の人に異なる所以の者は、其の心に存するを以てなり。君子は仁を以て心を存し、礼を以て心を存す。仁者は人を愛し、礼ある者は人を敬す。人を愛する者は、人恒に之を愛し、人を敬する者は、人恒に之を敬す。

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

行住坐臥にこの経を 読む人あらば(ひま)もなく 普賢遥かに尋ね来て 縁をば結びたまひけり
         (法文歌・法華経二十八品歌・普賢品・一六九)

【現代語訳】毎日の立ち居振る舞いにつけ、いつもこの『法華経』を読む人がいたならば、たちまちのうちに、普賢菩薩は遥か東方からやって来て、縁を結んでくださるということだよ。

【評】『法華経』の最終章・普賢菩薩勧発品で説かれる普賢菩薩の加護を歌った一首。

普賢菩薩が釈迦に言った言葉「是の人、若しくは(あゆ)み若しくは立ちて、この経を読誦せば、我は(そ)の時、(ろく)(げ)(びやく)(ぞう)(おう)に乗り、大菩薩衆と倶に其の所に(いた)りて、自ら身を現し、供養し守護して、其の心を安んじ慰めん。……是の人、若し坐して此の経を(し)(ゆい)せば、爾の時、我は復、白象王に乗りて、其の人の前に現れん」による。

『法華経』によると、普賢菩薩は遥か遠い東方の「(ほう)威徳上(いとくじょう)王仏(おうぶつ)(こく)」からやって来たとされ、『観普賢経』によると、「東方浄妙国土」に住むとされる。白象に乗った美しい普賢菩薩の姿はしばしば絵画化されたが、現存する普賢菩薩像の頂点に位置するとして高く評価されているのは、まさに今様の流行期、一二世紀前半から中頃にかけて制作された、東京国立博物館蔵普賢菩薩絵像(国宝)である。『法華経』は、女人成仏を説くところから平安時代以降、女性の篤い信仰を集めたが、『法華経』の守護神である普賢菩薩像も同様であった。その結果、普賢菩薩像は、女性たちの好みを反映して、より細身に優雅に造像される傾向にある。遊女が生身の普賢菩薩として現れる話(→二六)などを思い合わせると、普賢菩薩は、今様の担い手である遊女とも因縁浅からぬ存在と言える。

白河院政期を経て鳥羽院政期に至る間に、普賢菩薩造像には追善(死者の冥福を祈るため、仏事・善事を行うこと)の意味が強く付加されるようになったらしく、後白河院も、嘉応元年(一一六九)四三歳の折り、自らの御世の冥福を祈る逆修として、金色等身の普賢菩薩像を造っている。

当該今様は、こうした時代背景の中で『法華経』の内容を超えて、さらに特別な普賢菩薩への思いに支えられていると言えよう。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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