雨だったり、晴れだったり、また雨、そして晴。風が強い。
古川順弘『僧侶はなぜ仏像を破壊したか 国宝に秘められた神仏分離・廃仏毀釈の闇』読了。改めて日本近代、維新期の大きな過ちについてのルポルタージュを読んだ。とはいっても、「明治の廃仏毀釈は政府が命じたものではない。それは、神仏分離令に刺激されて、地方官や神職ときに民衆が主体となって行われたものだった。」地域によって濃淡があり、それぞれの地の特色があった。「いずれにしても明治新政府の宗教政策によって生まれた一種の「新宗教」であり。現在の神社神道もその延長線上にあるといえるのではないか。どちらにしても日本近代の大きな過ちである。
あたたかになれば老いの軀もうねりくねりさるすべりの木の真似をしたりき
たんぽぽの黄の色惚けそろそろに綿毛となりて飛びゆかむとす
こんな日々が続けばよいがどうだろう梅雨も早かろ夏も近かろ
『論語』陽貨二五 孔子曰く、「唯だ女子と小人は養ひ難しと為す。これを近づくれば則ち不孫なり。これを遠ざくれば則ち怨む。」
女子と小人は養い難き、有名な文言であるが、これ差別ではないのか。
女子と小人は養い難しといふけれどこれこそ差別といはざるべきか
前川佐美雄『秀歌十二月』一月 斎藤茂吉
くやしまむ言も絶えたり炉のなかの炎のあそぶ冬のゆふぐれ (『小園』)
歌集『小園』(第十五歌集)は昭和十八年から二十一年に至る茂吉六十二歳から六十五歳までの作を収めている。二十年四月に郷里山形県南村山郡堀田村金瓶に疎開し、ここで八月十五日の敗戦をむかえた。(略)茂吉にあってはこの敗戦は言語絶する痛恨事であり、その精神的打撃は深刻極まるものがあったと思われる。この歌は「金瓶村小吟」中の一首だが、それを思い、これを読むと「くやしまむ言も絶えたり」と言わねばならかった真情がおしはかられて、ひとしおにあわれを催すのである。(略)抑制しきれずにようやく絶望に似たうめき声を発したのがこれなのだ。「言も絶えたり」にはそういう沈鬱のひびきがこもっている。(略)敗戦を悲しむ詩歌は数多くあらわれたけれど、これほど深くしずかに身に沁みわたるものは一つもなかった。
沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ