天気だ。
もう疾うに蛇口から出る水流のぬくとければ春のさ中なりけむ
蛇口よりこぼるる水に手を濡らす温かきゆゑ春深きなり
汚れたる麻の食器を洗ひをり洗剤まみれの春の水なり
『論語』陽貨二六 孔子曰く、「年四十にして悪まるるは、其れ終らんのみ。」
年が四十になっても憎まれるのでは、まあおしまいだろうね。
まあ、そうなんだろうね。
四十にしてなほ憎まるるはさてこれで終はらんのみか
前川佐美雄『秀歌十二月』一月 斎藤茂吉
雪の中より小杉ひともと出でてをり或る時は生あるごとくうごく (『白き山』)
『小園』につづく第十六歌集が『白き山』で、昭和二十一年から二十二年まで。茂吉六十五歳から六十六歳の二年間の作。金瓶村から更に北方の大岩田に居を移した茂吉は、ここで間もなく重い病の床に臥し、苦悩に呻吟し、孤独の寂寥に堪えながら、しかもよく努めて晩年におけるまた一つの新しい境地を開くに成功した。この歌は、
道のべに蓖麻の花咲きたりしこと何か罪ふかき感じのごとく
やまひより癒えたる吾はこころ楽し昼ぬけにして紺の最上川
などからはじまる「ひとり歌へる」と題する四十一首ほどの群作。他にもっとすぐれたのがあると思うにかかわらず、妙に心をひかれる。(略)私はこの歌にさびしい茂吉の心境を読み取った。茂吉は情熱の人だ。すぐに激怒したり、しかもけっして敗けたとはいわぬ強情者だが、茂吉は限りなくさびしい人なのである。