3月9日(月)

晴れ。

  珈琲を喫むとき立ちのぼる湯気の色白色めいてしあわせの色

  立ちのぼる珈琲の湯気。カメラに収めんとしてなかなか映らず

  珈琲を二つのカップに温かく妻が振り分け注ぐもよかろう

『孟子』離婁章句下118 禹・稷は平世に当りて、三たび其の門を過ぐれども入らず。

孔子之を賢とす。顔子は乱世に当りて、陋巷に居り、一簞の(し)、一瓢の飲。人は其の憂ひに堪へざるも、顔子は其の楽しみに改めず。孔子之を賢とす。孟子曰く、「禹・稷・顔回は道を同じくす。禹は天下に溺るる者有れば、(な)ほ己之を溺らすごとしと思へり。稷は天下に飢うる者有れば、由ほ己之を飢ゑしむるがごとしと思へり。是を以て是の如く其れ急なり。禹・稷・顔子は、地に易ふれば則ち皆然り。今、同室の人闘ふ者有りとせんに、之を救ふに、被髪纓(ひはつえい)(くわん)して之を救ふと雖も、可なり。郷鄰(きやうりん)闘ふ者有りとせんに、被髪纓冠して往きて之を救はば、則ち惑ひなり。戸を閉づと雖も、可なり」と。

  禹・稷・顔回それぞれにしかし同じ道を踏むものならん

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

迦葉(かせふ)尊者(そんざ)古道(ふるみち)に 竹の林ぞ(お)ひにける 孤独(こどく)(をん)(その)見れば 昔の(いほり)ぞあはれなる
                       (法文歌・僧歌・一八五)

【現代語訳】迦葉尊者の住んだ鶏足山の古道には竹の林が生い茂っていることだ。孤独園の荒れた庭を見ると、昔の僧院の繁栄がしのばれてしみじみと悲しいことだよ。

【評】釈迦の弟子・迦葉尊者の遺跡を歌った一首。釈迦の十大弟子として、今日よく知られるのは、『維摩経』弟子品による、舎利(しやり)(ほつ)目連(もくれん)迦葉(かしよう)(しゅ)菩提(ぼだい)富楼那(ふるな)迦旃(かせん)(ねん)阿那(あな)(りつ)優波離(うばり)羅睺(らご)(ら)阿難(あなん)の十人であるが、『梁塵秘抄』今様に名前が見えるのは迦葉が圧倒的に多い。他の弟子たちの名は取り上げられない場合もあり、多くても二、三首にしか出て来ないのに対して、迦葉の名は八首に見えている。当該今様の収められている僧歌十首のうち、七首は迦葉の歌、残り三首は個人を特定しない聖(修行者)の歌である。

迦葉は釈迦の弟子のうち、頭陀(衣食住に関して欲望を払い捨てる修行)第一と称された。釈迦の死後、教団をまとめて、第一回結集(記憶暗唱によって受け継がれてきた釈迦の教えを書き留め、編纂するための会議)を行った。その後、鶏足山に登って禅定(心が静かに統一された状態)に入った。

「孤独園」は祇給(ぎじゆぎつ)孤独(こどく)(おん)の略。祇陀(ぎだ)太子の土地を(しゆ)(だつ)長者が買い取って、園中に僧院を建立し、釈迦とその教団に寄贈した。この僧院を祇園精舎と言う。厳密に言えば、「孤独園」は「鶏足山」のように迦葉一人と強く結びつく場所ではなく、むしろ「孤独園」から連想されるのは釈迦であるが、「迦葉尊者の」という歌い出しによって、当該今様は、僧歌として、迦葉尊者を歌う一連の今様と並べられたのであろう。

法文歌においては、当然予想されることながら、ほとんどの場合、仏や経や僧侶たちの素晴らしさが讃美される。しかし当該歌は、意外にも行き交う人のない荒れ果てた仏跡を歌うのである。

永観二年(九八四)に完成した仏教説話集『三宝絵』中の序文には、「もろこしの貞観三年に、玄蔵の天竺に行きめぐりし時に、鶏足山の古き室には、竹茂りて人も通わず、孤独苑の昔の庭には、室失せて僧も住まざりけり」とあり、これを摂取したと思われる、歴史物語『栄花物語』巻一五にも、「世の中像法の末になりて、天竺は仏の現れたまひし界なれども、今は鶏足山の古き道には、竹茂りて人の跡も見えず、孤独園の昔の庭、薄伽梵(釈迦の尊称)失せて人住まずなり……あはれなる末の世にて」と見える。当該今様はこれらの記述と密接に関わる表現を持っているが、先行するこれらの例が、今現在の仏教遺跡の荒れ果てた様子を客観的に描写するのに対し、今様はそこに「昔」の繁栄を重ね合わせ、時間を重層的にとらえた上での無常の哀感を、「あはれ」という感情語で強く打ち出している。廃墟を一種の美的なものと捉えていく感覚として注目されよう(=三九七)。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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